今日は政治活動をお休みさせて頂き、1日中、田植えをしていました。
品種は、「みやこがね」、餅米です。風が強かったのですが、弟家族も手伝いに来てくれたので1町3反を植えることができました。ここ一週間で、畦畔の草が随分と伸びたので、弟が田植え機の運転を代わってくれたこともあり、私は、草刈りに精を出しました。普段使わない筋肉を使ったためか、かなり体が痛いです。
田植えは、まだまだ、続きます。。
今日は政治活動をお休みさせて頂き、1日中、田植えをしていました。
品種は、「みやこがね」、餅米です。風が強かったのですが、弟家族も手伝いに来てくれたので1町3反を植えることができました。ここ一週間で、畦畔の草が随分と伸びたので、弟が田植え機の運転を代わってくれたこともあり、私は、草刈りに精を出しました。普段使わない筋肉を使ったためか、かなり体が痛いです。
田植えは、まだまだ、続きます。。
塩竈市の浦戸諸島は、4つ有人島からなります。野々島、桂島、寒風沢島、朴島です。
地勢的に外洋に面していたため津波の被害が大きかった地域です。また、震災による地盤沈下も激しく、満潮時には浸水も見られました。少しずつですが、生活道路の嵩上げ、土嚢を利用しての仮の防潮堤などが作られています。
近日中に、1泊2日で浦戸諸島を廻ろうと考えています。
今日は、浦戸第二小学校・浦戸中学校(http://www.urato-jh.shiogama.ed.jp/)の運動会です。この小中学校は、塩竈市の浦戸諸島の野々島にあります。浦戸諸島は、津波の被害も大きかった地域です。震災当初は、この小中学校も避難所となっていました。
最近は、騎馬戦は危ないということでなくなりつつありますが、勇猛果敢な闘いを久しぶりに見させて頂きました。騎馬戦の臨場感を盛り上げるために使った発煙筒は、私がお手伝いで点火しました。さらに、「浦戸諸島独特のリレー」協議(海苔の乾燥を模したリレー)にも参加しました。
運動会と言え万国旗ですが、大量旗が至る所にはためいていました。浦戸諸島の復旧・復興はスタートを切ったばかり。しかし、今日ばかりは、島民の皆さんも含めて元気な歓声で島が包まれていました。
6日、香川県の農業を視察に行ってきました。現地では、同僚の玉木雄一郎議員やスタッフの皆さんに大変お世話になりました。
さて、現在、戸別所得補償制度の法制化を議論しています。私自身も農業者の端くれとして、幾ばくか農業現場の肌感覚は持ち合わせているつもりです。しかし、その感覚は、稲作中心である宮城県の土地利用型農業に関してです。同制度の法制化を考える上でも、異なる土地の農業を知ることは必須であるとの気持ちから、今回、香川行きを決めました。これまでも、北海道、青森、秋田、宮崎、沖縄と伺わせていただいた時に、日本の農業の多様性を感じてきました。
香川県は、歴史的に水不足に悩まされながらも「ため池」を作ることにより、その克服を図り、また一方で、温暖な気候を利用して米と麦の二毛作を行ってきました。しかしながら、近年は、米麦の価格低迷により、露地野菜、施設園芸に軸足を移しつつあります。中山間地が多いことより、水田の区画整理も遅れており、一軒当たりの農地面積も、約8反(80a)と小規模です。多分に漏れず、後継者不足で多くの農業者の皆さんが悩んでいる状況です。
戸別所得補償制度は、全国一律で販売価格と生産費の恒常的に発生している差額を補填する制度(赤字補填)です。しかし、生産費は、経営する農地の面積の規模、立地する条件により大きく変わってきます。北海道や宮城の平野部のように、水田の集積が進み、かつ区画整理が済んでいる農地であるならば、現・戸別所得補償制度の内容でも十分に赤字補填がなされています。しかし、香川県のような地形的な条件不利地域では、平場より生産費が嵩んでおり、現行の同制度では、赤字を賄い切れていません。その一方で、中山間地域の農地や農業施設は、「農産物の生産の場」だけでなく、治水などの防災や国土保全といった役割を果たしています。山間に沿って作られている「ため池」は、大雨などの時に、ダムの役割を果たし洪水防止の機能に役立っています。つまり、受益者は、農業者だけではなく、一般の方々にも及んでいます。この視点に立てば、中山間地の農地、農業施設の維持管理に対して、ある程度の公的資金を投入すべきことは自明ではなかろうかと感じています。
国土として南北に長い日本において発達してきた農業に対して、地域地域に合わせた対応をしていくことが、今回の戸別所得補償制度の法制化論議の一つの視点として重要と考えています。
今日は、友人の川越孝洋議員(http://www.dpj.or.jp/member/4091)と、金子健一(http://www.chiba11.jp/)、水野智彦両議員(http://mizuno-tomohiko.jp/)のそれぞれ秘書の長谷川園乃江さんと高田久美子さん(両名とも女性)が、宮城に来てくれまた。
この三方は、発災当初も来てくださり、その後の復旧を気にしておられました。駆け足ですが、南三陸志津川、戸倉、そして、石巻市北上町、河北町、雄勝町、旧市内と廻りました。
改めて津波被害の酷かった地域を見ると、復旧・復興の温度差を感じます。特に、旧河北町の長面付近は、損傷した家屋が打ち捨てられたままであり、また、地盤沈下した農地の復旧のめどもたっていません。その中において、旧雄勝町の支所前では、北海道の皆さんによる復興イベントが開催されていました。感謝感謝です。
引き続き、自分自身も復旧・復興に全力を尽くしつつ、かつ、この震災を風化させないためにも、現地の状況を発信していかねばと考えています。
昨日からの大雨による被害状況及び現況と、4日午前中現在の情報を纏めました。
農地や道路への冠水、また、小規模な土砂崩れがあるものの被害は軽微と思われます。その一方で、時ならぬ5月の大雨に、私自身かなり大規模災害を心配しました。それは、次の理由に依ります。
1, 雪解けの水により、通常よりも川の水が増水していたこと
2, 営農が始まっており水田や用排水路などの農業施設や稲を初めとする農作物への影響
3, 震災で痛んでいる護岸や排水機場が十分に復旧していないこと
特に3,は、即、洪水などの水害に直結することですので、大変憂慮しておりました。大きな被害はなかったとはいえ、ビニルハウスが完全に水に浸っておるという被害も散見されます。被害にあわれた方には、お悔やみを申し上げます。
各自治体からの聞き取りは以下の通りです(4日午前現在)。
大郷町; 避難準備は解除。一部の田圃に冠水があり、しかし、昨年の台風程ではないとの認識
大和町; 蛭袋地区、道路冠水通行止め。田圃冠水。避難指事発令解除。災害対策本部解散。
大衡村; 大きな被害、無し。
松島町; 一部道路冠水も有り、しかし、特に大きな被害無し。
塩釜市、多賀城市、七ヶ浜町; 防災担当部署は 朝に解散。特に大きな被害無し。
大崎市; 土砂崩れ( 岩出山地区)、 日東電工北側付近の市道砂田線で幅8m。他3箇所(小規模との事)。 床下浸水 2件(松山、 三本木地区)。道路冠水による通行止め 28箇所⇒現在復旧中。
加美町、 色麻町; 床上浸水 加美町木伏工業団地内 1箇所(既に水は引いている)。床下浸水 加美町前田住宅数件。 色麻町 1件(宿地区)。国道457号線が深夜に一時冠水して通行止めになった 木伏工業団地付近は、現在は水も引き通行可能。
富谷町; 大きな被害、無し。防災担当三名が役場で待機。
大雨暴風警報発令中を、友人の議員、玉木雄一郎(http://www.tamakinet.jp/)さんが宮城に来てくれました。
二人で石巻市川口町地区の瓦礫仮置き場に行き、現状把握をしました。積み上げられた瓦礫の高さは20mになっています。外からは何度も見上げていた仮置き場の瓦礫でしたが、頂上まで歩かせて頂くと、改めて、その量の多さに圧倒されます。
現在、解体が終了した石巻被災家屋は、約半分とのこと。北上川から東の瓦礫は、この川口町の仮置き場に集められているとのことでしたが、間近で見ただけでも、その限界を感じます。実際に瓦礫を間近に見た玉木さんも、地元の香川県に対して、瓦礫の受け入れをさらに訴えると、言ってくださいました。さらに、夏場に向かい、臭いや、蠅などの害虫の問題といった衛生面での対策も重要度を増すと感じています。
18時現在
● 富谷町; 土砂災害等に備えパトロールと警戒中。
● 大崎市; 江合川の荒雄地区付近(合流地点)と大郷の粕川で警戒水位近く迄水位が上昇。待機の状態。大崎市内でも道路冠水が数カ所有り、しかし、通行に支障なし。
17時現在の各自治体からの情報を基に、現在の大雨による被害状況等をお知らせします。
● 大和町; 南川ダムが一杯で放流中警戒水位迄は達していない。消防団に待機。
● 大郷町; 警戒中で各所パトロール中今のところは警戒水位迄は達していない。消防団に待機依頼。
● 大衡村; 一度、パトロールは終了したが、土砂災害が想定される箇所に再度注意を促すため車を派遣。
● 加美町、色麻町; 鳴瀬川は水位が上がっておらず今のところ大丈夫とのこと。
● 塩竈市; 道路冠水数ヵ所。通行支障無し。
● 多賀城市; 特に異常なし。
● 松島町; 特に異常なし。
● 七ヶ浜町; 特に異常なし。但し、職員は、自宅待機。
● 利府町; 道路冠水二ヶ所、しかし、通行支障無し。
16時30分 NHKニュース
先程のNHKラジオのニ ュースで、「名取川」の水位が、自治体が避難勧告の目安 とする避難判断水位を越えたとのこと。
食品安全委員会から「食品中の放射性物質による健康影響について」と題した資料が出ています。
この資料の中では、簡単な放射性物質についての解説、「ベクレル」と「シーベルト」という単位の関係、自然放射性物質について等、記載されています。また、農水省からは、原発事故以降に米、肉における放射性物質の濃度毎に纏めたグラフが掲示されており、99%近く、新基準値以下であることも記されています。
消費者の皆さん、特に小さなお子さんをお持ちの方にとっては、大変気に掛かる「食品中の放射性物質」との関わりですが、このようなデータをも、参考にして頂ければと思います。
http://www.keiki-ishiyama.net//news/2012_04_26_shokuhin-radioactivity.pdf
小沢一郎先生に、「無罪判決」が出されました。当然のことと思います。
そもそも、捜査のプロである検察が、2度も起訴を断念した事件です。検察審査会を否定するつもりはありませんが、国民に審査の過程も開示されず、今回の起訴、裁判でした。公平に見ても、「何らかの意図」を感じないわけにはいきません。
様々な批評がある小沢先生ですが、親しくお話をさせて頂くと、世間の印象とは大きく違い、「親しみやすい、気遣い」の方です。少し前の、一家の「お父さん」のようなイメージです。それにもまして、政治経験豊かな方ですので、混迷の政治状況、震災の復旧・復興にお力を尽くして頂きたいと思います。
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今日は、「塩釜市立第一中学校」(http://www.shiogama1-jh.shiogama.ed.jp/)と「富谷第二中学校」(http://www.town.tomiya.miyagi.jp/html/school/jr_scl_tomiyadai2/jr_scl_tomiyadai2_index2.htm)の皆さんが、修学旅行で国会を訪ねてくださいました。両校とも、今日が旅行の初日でしたので、宮城からの移動の疲れもなく、ワクワクドキドキの様子。挨拶も元気よくできていました。
旅行期間中、気を付けて廻ってください、ね。
色麻町花川地区において、農業者の有志で作られている「チーム・フロンティア・21」の皆さんと意見交換会をさせて頂きました。会を結成してから20年以上、皆さんは、様々な先進農業や、外国へも視察に度々行かれ、研鑽を積まれて来た方々です。先日も、国会へ見学にも来てくださいました。地元、色麻町においては、農業者のトップランナー集団です。
先に、今、問題となっている「牧草の放射能問題」を中心に、放射能について話をさせて頂きました。引き続き、ご質問、ご意見等を頂いたわけですが、農業問題が中心かと思っていたところ、「食糧安全保障」を含む安全保障の問題、日本の財政問題と、多岐に渡る話題となり、私の方が寧ろ勉強をさせて頂きました。また、チームの皆様の奥様方も含めた会をしたいとのご要望も頂きましたので、是非、次の機会も宜しくお願いします。
修学旅行の季節です。宮城県の公立中学校の場合、多くは東京を中心に関東圏への旅行となります。子供たちの最大の楽しみは、「ディズニーランド」で、ほぼ100%の学校が行きます。他は、上野動物園、美術館、横浜中華街など、学校学校での選択になっているようです。最近は、半日ほど、子供たちが少人数のグループに分かれ、自分たちで行く先を決めての自由行動を取り入れている学校も多く見られます。
さて、ディズニーランドと同様に、修学旅行のコースにほぼ組み込まれているのが、「国会見学」です。
昨日(19日)は、塩釜市の浦戸中学校、今日(20日)は、塩釜市の玉川中学校と富谷町の成田中学校の皆さんが来てくださいました。私も時間が許す限り、皆さんと一緒に廻り、各所の説明と共に、「国会の機能」、「議員の役割」を話させて頂いています。
政治への批判が高まっている昨今です。もちろん、第一義的には、私たちが国民の皆さんから納得を頂ける仕事をすることが大切です。その一方で、国会だけではなく地方議会の、また、その構成員である議員の役割や機能が十分に認識されていないことからくる誤解も多いと感じています。考えてみれば、小・中学校における学校での政治教育が十分になされているとは思えません。
今、国会では消費税の論議、TPPへの参加の可否、または、私が担当している農業者戸別所得補償制度の法制化、震災の復旧復興対策、放射能問題など、一人ひとりの生活に直接関わることを論議しています。しかし、これらの内容があまり正確に国民の皆さんに伝わってない部分も多くみられます。私たち政治家の発信力の弱さやマスコミの偏向的な報道にその原因がある一方で、本来、国民の皆さんにも政治を正しく認識する力を持っていただきたいと思っています。
しかし、日本は伝統的に政治教育に対する力の入れ方が、欧米と比較したときに、弱いと思われます。修学旅行で、国会に来ていただき、私ごときではありますが議員と話して頂いたり、国会を見て頂くことにより、「政治を身近に」感じてもらうことが、政治への知識を持っていただくことへの近道だと思われます。また、普段の社会科などの授業の一環として、地方議会の傍聴なども組み込むようにすれば、政治教育の一助になると考えています。
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本日も、朝8時15分より自分が座長を務める戸別所得補償制度検討WTを開催しました。将来のこの制度の法制化を目指しての論議です。
この制度は、赤字経営が続いているの農家に対して、販売価格と生産費の差額を補てんする制度です。米作の農家ですと、2ha以下の米農家は、生産費が販売価格を上回ってしまい、間違いなく赤字経営となっています。この差額を、同制度により穴埋めをします。しかし、一昨年のように、米価が大幅に下落した場合は、当初の支払ではこの赤字を補てんしきれません。その時に、発動されるのが「変動費」という制度ですが、これまでの農政の経緯より、類似の制度が、この「変動費」の制度と重複して存在しているのが現在の状態です。法案化に向けて、重複する制度を整理する必要があり、今日の会議より、この点が主として論点となっています。
このWTは、これから水曜日、金曜日を定例として、議論が尽きるまで行っていき、しっかりとした制度を作っていきたいと考えています。。
今日午後より、七ヶ浜町花渕浜の漁業者の皆さんとの意見交換会をさせて頂きました。
あの津波被害から1年あまり、わかめの養殖を中心に地道に花渕浜の漁業の復活を続けてこられた皆さんです。しかし、今、新たな不安が皆さんを襲っています。それは「放射能」の問題です。スズキより基準値を上回るセシウムが検出されてから、明らかに、水揚げされた魚の取引量が落ちているとのこと。このことを踏まえ、東電への賠償に関することへの意見や質問を頂きました。また、津波で損傷した花渕浜の防波堤、防潮堤、船揚場、物揚場などの復旧行程に関しても説明をさせて頂きました。
船、様々な漁具、さらには家自体を流され、さらに新たな不安を抱えているにも関わらず、お互いに冗談を言い笑い合う皆さんの明るさに、寧ろ、元気づけられる思いをしました。
「全部流されたんだから、笑うしかないよ!」。一人のお母さんの言葉です。
帰りがけに、今、まさに水揚げされつつある「わかめ」を購入させて頂きました。食べて花渕浜の復興のお手伝いをさせて頂く一方で、政治的な宿題も頂きました。明日から、また東京ですから、この宿題をしっかりと持って行こうと思っています。
国道47号線は、宮城県大崎市〜山形県最上町を結んでいます。昨日(12日)、大崎市 植田雅俊副市長、最上町 高橋重美町長、また、最上町議会議員の皆さんが国会を訪れ、国道47号線の整備促進の陳情をしてくださいました。
宮城県と山形県を結ぶ国道は、全部7つありますが、一部は、冬期間は閉鎖になる道路です。例えば、大崎市(宮城)〜加美町(宮城)〜尾花沢市(山形)に通ずる国道347号線は、11月下旬より翌年の4月下旬までは、雪のため通行止めとなります。この国道347号線が通行止めになると、国道47号線と仙台市と山形市を結ぶ国道48号線までの区域、南北にして約60kmの間は、宮城県と山形県を結ぶ道路が無くなります。昨年の震災の時に、山形県から宮城の被災地にこれらの道路を利用して、支援物資等が運ばれました。その一方で、冬季閉鎖中であった国道(347号線、398号線)を利用しようとした車が、支援物資を積んだまま、引き返さざるを得なかったとの報告も多数受けています。東北における、これまでの道路行政は、南北の道、所謂、「縦の道」を中心とした整備でした。しかし、改めて、震災を機に、東西を結ぶ道路、「横の道」の重要性が見直されています。国道347号線や398号線の冬季間通行の促進も重要ですが、1年を通して通行可能な国道の再整備を行うことも、災害対策に重要であるとの認識でいます。
特に、この国道47号線が整備されることにより、石巻市から大崎市を経由し山形県へと一気通貫的に通じることになります。被災地の石巻市の海産物の流通範囲が広がることは、同市の早期の復興にも貢献することと考えています。また、観光の側面では、大崎市の鳴子温泉郷、最上町の赤倉、瀬見温泉と温泉地が連なっているのがこの国道沿いでもあります。観光による地域おこしにも、一役買うことになるであろうと期待されます。
一頃、道路行政は、利権と結びつく、「悪い」印象を皆様に与えたこともありました。しかし、当たり前のことですが、必要な道路は整備していかなくてはなりません。その「必要性」の基準は、誰もが納得する基準でなくてはいけません。しっかりと、その基準を明示することが大切と考えています。
懸案事項であった、所謂、「郵政民営化見直し法案」が衆議院を通過しました。
行き過ぎた自由競争や規制緩和が、弊害をもたらすことを如実に表したのが、「郵政民営化」であったのではないかと強く感じています。郵便局は、郵便事業、貯金、簡易保険を同一の場所で、同一の郵便局員さんにより行うことができていました。しかし、民営化により、これら三事業が切り離され、さらには窓口仕事を行う郵便局会社と業務が分割されました。これまでは、一人の郵便局員の方が、配達も、貯金や保険の処理もできたのにそれができなくなったのが、民営化以降の郵便局の実態です。
地方の郡部においては、高齢化が進み、若い人たちは都会へと流れている状況です。その中で、小中学校は統廃合され、民間のバスも撤退する。さらに若い人が住みづらくなるといった、悪循環の中で、取り残されるのは、お年寄りばかりです。都会には、民間の金融機関もあります。また、最近では、コンビニでも、キャッシュカードでお金が引き落とせます。しかし、田舎には、そのような便利なお店や銀行はほとんどありません。郵便局がなくなったら、お年寄りの皆さんは、どこで年金をおろしたらよいのでしょうか?純粋に民間は営利を考えて良いと思います。しかし郵便局は、歴史的な経緯を辿っても、民だけの、営利目的だけでの業務を行ってはならない機関です。郵便が、一律の料金で、北海道の礼文島から、沖縄の与那国島まで届くこと、その当たり前さを、所謂、「ユニバーサルサービス」の重要性と、その維持のあり方について、もう一度、見直して考えるべきであり、純粋な民間企業で、それをなすことができるのかを考えてみるべきと、今日の法案の通過に伴い、改めて感じました。
今日、私の二市三町後援会の皆さんが国会見学に来てくださいました。ちなみに、「二市三町」とは、多賀城市、塩釜市、七ヶ浜町、利府町、松島町を指しています。
朝の7時に、塩釜を出発して頂き、東北道、首都高の渋滞もなかったためか、予定よりも約1時間も早く、12時過ぎには到着されました。昼食を、議事堂内の食堂でとっていただいた後、議長応接室、予算委員会などが開催される第一委員会室、さらには、議員会館内の私の部屋を見て頂きました。皆さんの都合で、今回は日帰りのツアーでしたが、今度はゆっくりと来てください。
議案は、先週2回の会議の結果に基づいて、この制度の法案化を目指す上で、制度の骨子に関わる議論をさせて頂きました。平成23年度より予算措置で本格実施している同制度です。現行の制度を踏襲する法案になりますが、一部、協議をしなくてはならない部分もあります。例えば、米の価格が大幅に下落した時に支払われる「変動支払」ですが、今は、全て国庫で賄われています。しかし、農家からの拠出を求める「収入保険」的な制度への切り替えが必要ではないかとの意見が提示されています。
いずれにせよ、今日の会議の冒頭でも触れさせて頂きましたが、丁寧な議論を行うこと、期限を切った議論を行わないことを胸に会議を進めていきます。消費税論議の時のような最低の会議はしたくありませんので、、。
午前中は、大郷小学校の開校式に伺いました。大郷町は、これまで4つの小学校(大松沢、味明、大谷、粕川)が統廃合されて、一つの小学校になりました。今回の統合により、全校児童約400人、規模としては適切になったのではと感じています。都会とは違い、地方の、郡部の小学校は、多分に漏れず、子供たちの数が減っています。複式学級を採用している学校も珍しくありません。中学校では、部活の選択も少なくなっているのが現状です。大郷小学校の開校式は、新しい屋内体育館で行われました。子供たちが、元気に、勉強に運動に、活躍できることを願っています。
また、午後からは私の娘の中学校の入学式でした。殆ど、学校行事に顔を出すことができずにおり、息子も中学校3年生になるにも関わらず、中学校に伺ったのは今回が初めて。駄目な父親の典型ですが、それでも、大病もせずここまで育ってくれたことに感謝しています。
使い古しの言葉かもしれませんが、子供は、地域の宝、日本の宝です。慈しみながらも、時には厳しく、守り育てなくてはならないと思っています。
今日の午前中、仙石線の多賀城駅付近の高架橋が完成し、その式典が行われました。これまで、朝夕のラッシュ時には、渋滞の原因となっていた踏切も無くなるので、随分と混雑が解消されることになります。また、多賀城市の震災復興計画には、駅を中心とした新しい街作りが含まれています。これまで、駅を境に南北に分担されていた地域の一体化の促進を、今回の事業の完成により進むことも期待されています。
さて、この式典のアトラクションとして、多賀城高校吹奏楽部の皆さんの演奏が披露されました。AKBの曲を、踊り付きで元気に演奏をして下さいました。震災後、高校生の皆さん一人一人も、大変ご苦労されたと思いますが、今日の元気な様子を見て、ほっとする一方で、自分も元気にいかねばと思いました。
私の弟は、仙台市消防局に勤務しています。震災後、約2ヶ月間、宮城野区蒲生地区の行方不明者の捜索をしていました。私も何度か蒲生地区を訪れましたが、今日、久しぶりに出向かせて頂きました。
仙台市の蒲生地区より名取市に掛けて、平場の基盤整備された美田が広がる地域です。しかし、瓦礫の撤去は済んでいるものの、今年も作付けされることはありません。それは、下流の排水機場の復旧、水田の除塩が必要だからです。また、仙台市の復興計画に沿えば、水田の集積化を行うことを目指していることより、農家の方々の話し合いも必要となります。
水田の作付けを行わずに放置すると、様々な雑草の種子が入り込み、以前のような水田環境にするには、また長い時間が掛かります。せめて、耕起をし、水をはることができれば良いのですが。
基礎だけを残す住宅地跡の向こうに広がる水田を見ながら、地域ごとに復旧・復興の差が広がっていることを改めて感じています。
4月3日の種まきは、国会の都合上出来ずに、子供たちを使役しました。厳しく口では言っていますが、子供たちだけを手伝わせるのは、心苦しくおったのですが、今日は、時間も都合がつき、自分も種まきをすることができました。
今日の分は、280箱。育苗機に入るだけでしたので、1時間30分程度で終了でした。息子も、娘も随分と慣れた様子で、それぞれの持ち場の役割をこなしてくれました。ありがとう。。
今日は、私がお世話になっている(た)、お二人の郵便局長さんについて書きます。
郵政民営化に伴い、それまでの郵便局制度とは一変し、利用者の皆さんにはこの期間、大変な不便が続いてきました。2009年の選挙において、私も、また、党としても、この民営化を見直すことをお約束させて頂き選挙戦を闘いました。
県内の地区の郵便局長会の会長を務めておられる二人の局長さんに、様々、郵政に関するご意見を頂きながら活動をして来ました。お一人が、宮城県北部郵便局長会 大友孝一会長と、仙台北部郵便局長会 鈴木茂前会長です。
大友会長は、今回、東北方面郵便局会の会長に就任なされ、その祝賀会が古川で開催されました。東北一円にある約2,000の郵便局の責任者となられたわけです。東北の太平洋沿岸部はご案内の通り大きな被害を受け、郵便局も、局舎がすべて流されたところもあり、未だに復旧の途上にあります。この大きな仕事を含めて、大友会長のご尽力が期待されます。
その一方で、4月3日、鈴木前会長が、お亡くなりになられ、昨日はお通夜、今日がお葬式でした。鈴木前会長は七ヶ浜町の吉田浜郵便局の局長でした。吉田浜郵便局は、あの津波で、全てが流されてしまいました。鈴木前会長は病身の中、住民の皆さんの利便のために、県内で最も早く仮設による郵便局を再開しました。
このお二人の局長から、私が学んだことは、ユニバーサルサービスの維持と地方における郵便局の重要性でした。地方においてこそ、郵便局の必要性を住民の皆さんは感じているはずです。過疎化と高齢化が進む地方だからこそ、例えば年金を引き出すところもなくなれば、さらに、人が住まなくなるでしょう。銀行、または、コンビニに行けばATMが設置されている都会とは、環境が全く違っているのが地方の実態です。全て、経済的合理性や効率性では、片付けることができない問題があります。このお二人から学んだことを生かしながら、今、議論されている郵政の見直しに、私も取り組みます。
午後2時より、三陸道(高速道路)の一部である仙塩道路の拡幅と多賀城インターチェンジ建設の起工式が行われました。東部道路と三陸道の連結部分である仙塩道路は、高速道路であるにも関わらず未だ片側一車線のままでした。国の規定においては、1日の車の通行量が14,000台を超えると恒常的な渋滞が起こり、安全性の確保が難しくなるとして、片側2車線への拡幅の目安としています。しかし、現在、震災復旧の工事車両の増加もあり、多い日ではこの道路の車の通行量は、1日に40,000台を超えることも珍しくなく、朝、夕は常に渋滞している状態となっています。また、20年前より、多賀城市内にもインターチェンジを作る計画がありながらも、史跡調査の遅れより棚上げ状態が続いてきました。今回、多賀城市長や、市民の代表の皆さんに、何度も何度も上京して頂き、その重要性、必要性を国交省を中心に訴えて頂いたことにより、拡幅とインターチェンジの建設の運びとなりました。震災発生時に、この高速道路を使い、被災地に多くの支援物資が運ばれ「命を繋ぐ」道路と称されました。今後の多賀城を初め近隣の復興の起爆剤となることが期待されます。
その後、同市にある障害者授産施設である「さくらんぼ」を訪れました。昨年の5月に私の親しくしている議員、及び秘書さん方が、泥さらいのボランティアに、この授産施設に来てくれたことを切っ掛けにお付き合いをさせて頂いております。しかし、現在、利用者さんの仕事が激減しています。それは、津波被害を受けた近隣の企業が経営の縮小や撤退を行っていることが原因です。これらの企業は、これまで「さくらんぼ」に軽作業(草むしり、清掃など)を委託していたからです。利用者さんの手取りも約半額になっています。管理者の山崎さんの話では、同様の悩みを持つ被災した授産施設は、県内で6,7カ所ほどあるそうです。これらの他の施設の調査も行い、支援策がないものか模索しようと考えています。
4月3日に引き続き、私が座長を務めている「戸別所得補償制度検討WT」を、8時15分から開催しました。
今後、この制度の法案化に向けて、党内の農林水産関係議員を中心に、制度骨子のあり方と、他党の農政の考え方に関して深堀をしました。農業現場からは、農政の継続性を求めが大変強く、またこの制度自体も高い評価を受けていることよりも、法制化に向けた努力を精一杯行っていきたいと思っています。
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富谷町の新しい給食センターの開所式とJA加美よつばの飼料用米のカントリーエレベーターの起工式が、それぞれ、本日開催されました。
給食センターが文科省から、また、カントリーエレベーターが農水省からと、それぞれ国からの支援事業ということもあり、私も微力ながら関わらせて頂いたので、両式典にお呼び頂きました。
富谷町は、仙台の北隣の、人口約5万人の街です。宮城県も仙台市を除けば郡部において、少子高齢化が進んでいるのが現状です。しかし、富谷町は、年に約1,000人の人口増加があり、その伸び率は県内で1番です。夕方になると新しい住宅地の路上では、子供たちが遊んでいる姿が見られ、まだ、子供が沢山いた私の小さかったころの景色を思い出させてくれます。その一方で、人口の増加に伴い、子供たちの数も増えたこと、更には、これまでの給食センターが老朽化したこともあり、今回の建て替えとなりました。新しい給食センターには、富谷の若生町長さんの想いもあり、二つの特徴を備えたものとなっています。一つは、「食育」を主眼に置き、見学と実習施設を完備していることです。通常、給食センターには、衛生面への配慮から一般の方が立ち入ることができません。しかしながら、このセンターにおいては2階から窓越しに、給食を作っている様子を見ることができます。さらに、二つとして、アレルギーを持っている子供たちへの給食を作るための専用の部屋もあります。富谷町の子供たちには、美味しい給食を沢山食べて、勉強に運動に頑張ってもらいたいと思います。また、未だに津波被害のひどかった沿岸部の小学校では、通常の給食に戻っていない所もあります。私は、引き続き、沿岸部の子供たちが、同様の給食に早くなるように尽力します。
また、カントリーエレベーターについてですが、農業に関わりのない方は、馴染みが薄いかもしれません。昔は、稲刈りの後は、「杭掛け」と言って、天日で稲の乾燥を行い、籾(お米)の水分調整を行いました。その後、機械化が進み、「乾燥機」と言われる施設を使い、籾(お米)の水分を調整しています。さらに、近年は、農業現場の合理化により、共同利用施設として、地区単位で大型の乾燥施設を設置する傾向にあります。この共同利用型の乾燥施設を「カントリーエレベーター」と呼んでいます。さて、今、国策として、「飼料用米」の作付を農家に推奨しています。実は、牛肉や豚肉を生産するためには、肥育用、養豚用の餌を、それぞれ牛や豚に食べさせなくてはなりません。この餌の主要原料は、トウモロコシですが、約95%をアメリカからの輸入に頼っています。3~4年ほど前に、アメリカにおいてバイオエタノールブームが起こり、このトウモロコシが高騰し、畜産農家に大きなダメージを与えました。極端な話、アメリカがトウモロコシの輸出を止めるようなことがあれば、日本の肥育や養豚は、立ち行かなくなってしまいます。この理由により少しずつですが、肥育、養豚用の飼料中のトウモロコシの量を減らし、飼料用の米の分量を増やす試みがなされています。また、通常、飼料用米は、主食用の米と、品種が違うため、管理を厳密に行わなくてはなりません。その最も効率が良く、合理的な方法が作業機械を分けることであり、特に、最もこの両者の品種が混じる可能性があるのが、籾の乾燥の時であることより、「飼料用米専用乾燥機」を設置することが最も良い方法です。今回、飼料用米の作付が推奨されるようになって、日本で初めての大型飼料用米専用「カントリーエレベーター」の起工式が行われました。それが、このJA加美よつば管内のものです。
私は、「食を守る」とのキャッチフレーズを掲げて、政治活動を続けています。それは、「食」が人が生きていくべき、最も基本となる資源だからです。しかし、その一方で、日本の食料自給率は40%と非常に頼りないものです。その自給率を上げていくことを最大の目標として、今、主として農政に関わっています。今日は、生産と消費という、それぞれの側面を持つ式典に参加をさせて頂きました。食料自給率を高めるためには、生産の視点だけや、消費の視点だけでは、達成することはできません。両方の視点からのアプローチが重要であり、その繋ぎ役を担っていければと考えています。
日本は、国、地方の中長期公債の発行残高は、1,000兆円になるとしばしば言われています。新聞、報道番組でも大合唱です。日本のGDPの比率としても200%超です。だから、「ギリシャのようになる!」との言です。ギリシャと日本は、社会的な性格、また、それぞれの借金の性質の違いがあることをすでにこのブログでも書きました(http://keiki-ishiyama.blog-bako.jp/article/14284670.html)。また、政府として、内国債依存である日本のデフォルトは考えにくいとの発言もあります。
その中で、右の写真を見て下さい(小さいのでクリックして大きくして見て下さい)。
この写真は、日本(政府)の貸借対照表です。通常、家庭でも、企業でも、資産(貯金)もあれば、負債(借金)もあります。今、政府は、借金(国債の発行残高)だけを大きく宣伝しています。しかし、資産もあるはずです。それがどのくらいあるのかを、まともに広報、報道しているのを、皆さんはお聞きになったことがあるでしょうか?殆どないはずです。
日本(政府)には、約650兆円の資産があります。もちろん、この資産の中には、国有林、河川といった売ったりすることが現実的には難しい固定資産も多く含まれていますが、流動資産も約350兆円ほどあります。内訳は、大まかに次の通りです。現金・預金 18兆円、有価証券 91兆円、貸付金 155兆円、出資金 58兆円です。合わせて、320兆円ほどとなります。日本は、中国に次いで、アメリカの国債を買っています。これだけでも、円高で目減りしたと言われていますが、60兆円はあるでしょう。
これだけの金融資産(流動資産)を持ちながら、借金のことだけ(国債残高)を取り上げるのは、公平ではないと感じます。もちろん、アメリカの国債を全て売ったら、アメリカの経済に大きなダメージを与え、世界経済を混乱に巻き込むことになるので、売るに売れない事情もあると思います。しかし、国内で国民を虐めながら、外にいい格好をしても、これまた違うと思います。
消費税論議をする「手順」が違うことを再三再四述べてきました。この日本(政府)の資産の性質を吟味し、「使えるものは使う」ということをすることも、その手順の重要な一つと考えます。
追; 詳しくさらにお知りになりい方は、下記よりお願いします。財務省のHPの奥の方に密やかに掲示されています。
http://www.mof.go.jp/budget/report/public_finance_fact_sheet/national/fy2009/2011_04.pdf
先日、消費税の増税に反対の意を示すために、「政調会長補佐」の職を辞任しました。私は、今のデフレ状況下の所得が下がり続ける中で、消費税の増税を行うことは、家計と、さらには日本経済に深刻なダメージを与えることになると考えています。
これまでの国会や党内の消費税の論議を踏まえて、消費税増税の問題点を整理してみます。
1, 税と社会保障の一体改革と言いながらも、納得のできる社会保障制度が提示されていないこと
日本の財政を圧迫し続けている社会保障制度の抜本的な改革案、私たちが納得できる形のものが提案されているとは言えません。仮に、消費税で基礎年金を賄うとしたら、税率10%程度では、全く足りません。通常の商取引を例えとするならば、社会保障は「品物」で、消費税が「代金(お金)」です。今の状況では、欠陥商品を国民の皆さんに売りつけるに等しいことです。
2, デフレの克服に対する日銀、政府の対応が不完全なこと
日本はデフレ状況下にあります。GDP indicatorを見ると、日本のデフレは1998年より現在まで一貫して続いていることが分かります。また、この期間にサラリーマンのお給料は平均1月当たり4万円以上の減収です。日銀や政府は絶対に認めないことですが、どの時点からか、日銀や政府は「デフレを是」とし、意図的に「デフレ状況」を作ってきたのではないかと考えています。そうでなくては、消費者物価指数(コア、コアコア)の0.5%〜1%の下落や、他の先進国のインフレ率との偶然とは思えないくらい相関性の高い動きを、説明することができません。
また、デフレ状況下では、税収と大きな相関関係がある名目GDPが成長しません。実際、この10数年間、税収は殆ど伸びていません。
私は、まずは、デフレ脱却、具体的にはアメリカのFRBが行っているような金融緩和を行うことが重要と考えています。金融緩和は、円高対策にもなります。
3, 税や社会保障の不効率、不公平が改善されていないこと
社会保障で10兆円、所得税で5兆円、消費税で3兆円、これだけでも18兆円の未徴収があると言われています。この金額を消費税に換算すれば、7.2%分に相当します。
まずは、この徴収もれを無くすことが優先と考えています。国税は、財務省国税局、社会保障関係は、厚労省、または日本年金機構と、国民の皆さんからすれば、同じく国に納めるお金が、ばらばらの部署、機関で管理されています。私たちがかなり圧力を掛けて、漸く、「歳入庁」の議論が始まりました。歳入庁というと、また、国の機関を増やすようなイメージを持つ方もいるかと思いますが、そうではありません。重複する機能を一元化することにより、公務員の削減にも繋がります。また、納税者番号制度を導入して、これらのお金の流れも、一人一人正確に記録、管理する必要があります。また、消費税に関しては、「外税」方式を徹底化し、最終的な消費者が納税するという本来の消費税の目的を遂行できる方式にしなくてはならないと考えます。今の消費税の状況では、流通や卸、小売りの方々が、価格転嫁をすることができずに、消費税を肩代わりしている状況となっています。特に、それは経営体力が弱い、中小零細企業、または個人商店を経営されている方々で顕著です。
北欧を中心に、ヨーロッパ諸国は、税、社会保障の負担が大きいことが知られています。問題は、どの程度、国民に戻っているかです。北欧は、税と社会保障費を合わせて所得の70%を納めていますが、国民への還元は60%であり、その途中で人件費、事務費で消えるお金は10%程度です。日本は40%強ですが、18%程しか還元されていません。多くの皆さんは納得がいかないかもしれませんが、統計を見る限り、日本の公務員の数、給料は、先進各国と比較して、決して多くも高くもありません。では、何故、還元率が悪いかと言えば、税や社会保障の制度自体に何らかの無駄があると考えられます。
以上、簡単に列記しただけでも、消費税増税を行うにしても「手順」が重要であると、私は考えています。今回は、この手順が全く逆で、「金が無いから、お金を出せ!」と追いはぎ、強盗の論理としか思えないことを、国民の皆さんに突きつけています。さらには、財務省には、流動資産が350兆円もあることが、あまり報道されていません。これらのことを開示していくことも、私の重要な仕事と思っています。
4, 日本がデフォルトするとの可能性がある???
政府の公式に認めていることがあります。日本はギリシャのようにデフォルトするのか?の問いに対して、「内国債が大層を占める日本にあって、それはない」と。しかし、マスコミ、また、その会議にも出ている党幹部まで、「ソブリン危機」と言い換えを行い、デフォルトを予想させる危機を煽っている現状があります。
以上を纏めると、私の意見は次のようになります。
1, 少なくとも今の時点での消費税の増税は大反対である。家計や日本経済に大きなダメージを与える可能性が大。
2, 仮に消費税を上げるにしても以下の段取りを経てからである。
1), デフレの脱却(景気回復)
2) 行革などの構造改革(歳出削減)、国余剰資産の活用
3) 徴収漏れの改善(歳入庁、納税者番号、消費税のインボイス制の導入)
最後に、徳川吉宗のお話です。有名な江戸期の将軍様です。何故、有名かと言えば、歴史の教科書で「享保の改革」を行い、幕府財政を立て直したからです。しかし、財政を立て直せたということは、「幕府の収入を増やしたから」です。どうやって増やしたかと言えば、「年貢率」を上げたからです。仙台藩の年貢率は、江戸期を通じて「四公六民」(4割が年貢、6割が農民の取り分)だったそうですが、吉宗の時の幕府直轄領では、「八公二民」になった時期もあったそうです。このため、「農民一揆」、「打ち壊し」が江戸期を通じて、最も増えたのが吉宗の時代だったのこと。
私は、この教訓を、心に刻んで行動しています。
民主党、自民党、公明党との間で行われている、所謂、三党協議の対象に「農業者戸別所得補償制度」も含まれています。私は、この制度について話し合う党内の会議である戸別所得補償制度検討WTの座長を務めています。本日、8時からWTを開催しました。
これまでの三党協議の経過報告をさせて頂きました。議員の皆さんからそれぞれ活発な意見を頂きました。今後の重要な参考とさせて頂きます。
自分は、国会の都合で、できませんでしたが、子供たちに出動命令を出し(息子には部活を休ませて、、)、「種まき」をさせました。今日は、種まき初日と言うこともあり、また、最近、我が家では直播きを随分と導入したこともあり、350箱と、そんなに多くもなかったのでつつがなく終了しました。
自分が子供の頃は、種まきだけでも2,200箱分、行いました。普段の牛の世話に加え、農作業シーズンになると休みなどありませんでした。GWは田植えですので、行楽に連れて行って貰う友人たちを横目に、「休日なんかいらいない!」と思っており、「これは、幼児虐待!」であると、小生意気にそんことを考えながら、父には逆らえずもくもくとお手伝いをしていました。
それから比べると、うちの子供たちにさせていることは、レジャーの延長のようなものと思いながらも、農作業の立派な戦力になるほどになった子供の成長の早さに吃驚しています。。
友人の和嶋未希議員(http://www.wajimamiki.com/)の要請を受けて、山形県鶴岡市の温海地区に行ってきました。目的は、温海地区の農家の皆さんとの意見交換会と現地の農地の視察です。
温海地区は、日本海に面しているものの、平野部が殆ど無い中山間地域です。農村地帯の典型的な問題である後継者不足が大きな問題となっています。また、ここ20年ほど、地区として集まり、研究会、勉強会などの企画はなされたことがなく、今回、輪嶋議員と自分とで行かせて頂き、今の農政の方向性と中山間地域への支援の制度について語らせて頂くとともに、皆さんよりご意見を頂きました。
私からは、温海温泉のホテルや旅館とタイアップして「温海のお米」を売り出すこと、都会の方々を呼び込み「オーナー制」による耕作放棄地などを活用して稲の作付けを行って頂くこと、さらに温海地区は在来野菜などが豊富にあることより、これらの野菜の活用に努めることなどの提言をさせて頂きました。温海地区は、有名な「温海かぶ」を焼き畑にて栽培するという他には見られない農法も行っています。観光客の方々を招くに絶好のセールスになるとも思いました。
この様な企画は一度ではなりませんので、今後、機会を作り、また、行かせて頂ければと思っています。
千葉県習志野市に寄港していた海洋資源調査船「白嶺」を見学させて頂きました。このブログにおいても何度か書いていますが、真の日本経済の立て直しのためには、資源を自前で獲得することが重要です。日本の排他的経済水域には、多くの資源が眠っています。この調査を行い、将来の実用化へのステップにするためにもこの「白嶺」の活躍に期待しています。
これまでも日本においては、「白嶺丸」、「第二白嶺丸」と調査船がありましたが、最新式の調査機器を積み込むためには、老朽化していました。今回の「白嶺」は2月に竣工したばかりの新造船です。
熱水鉱床、メタンハイドレートなど、実用化までには幾つものハードルがありますが、日本の将来のためにも実現していかねばならない課題であると考えています。
北国の人間は、春が来るのを待ちわびる気持ちが、より一層強いものがあります。今年は、寒さと雪の量は例年以上です。写真は3月26日の宮城、27日の東京の写真です。この季節が最も季節に差があるのではないでしょうか。
しかし、雪に閉ざされた期間が長い分、ちょっとした日差しの暖かさ、蕗の薹の芽吹きに、感謝の気持ちが高まるのかもしれません。
私の後援会の皆さんが国会見学に来て下さいました。朝7時に、宮城を出発して、途中、高速道路の事故のために1時間到着が遅れてしまいましたが、皆さん、元気に到着となりました。
議員会館の私の事務所、議事堂内を案内させて頂きました。夜は、楽しく横浜中華街での食事となりましたが、私は、党内での「消費税論議」参加のため途中で中座(朝の4時まで続くことになりたましたが、、)。皆さん、楽しんでいただけたと思います。
私が所属する地元の「集落営農組合」の共同作業で、稲の種籾の温湯消毒を行いました。いよいよ農作業のシーズンがスタートです。
議員になってからは、農作業もなかなかできずにおります。特に昨年は震災のことに忙殺されて尚のことでした。
組合の方々と作業をしながらも、農政に対する生の声をお聞きすることができます。この声を、この2年あまり、国政に伝え、全てではありませんが、反映させてきた自負もあります。
今年はできるだけ、農作業の現場にも出たいと思っています。
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自分の母校である古川高校(大崎市)の南校舎が取り壊しとなることより、「南校舎送別会」が行われました。
私も卒業してから、24年が経ちます(改めて、書くと驚きです。そんなに時が経ったんだ、、)。この期間、何度か校舎には入りましたが、自分が学んだ教室に入ることはありませんでした。教室を覗いてみると不思議ですね。あの頃の記憶がオーバーラップします。先生や同級生の顔、文化祭、体育祭の時の様子。昨日のように感じます。
私のような山根の田舎町に育った者にとって、古川高校がある大崎市(当時は、古川市)は都会の象徴でした。古川高校に入り、毎日、都会に行けるようになった自分が、かなり大人だと思ったものです。
古川高校に入学して、1年生を待ち受けるのは厳しい応援練習です。4月の末日に築館高校との定期戦があり、それが終わるまで、毎朝、毎夕続きます。20以上もある応援歌を覚えなくてはならず、部活毎に応援の手振り身振りも違います。応援団の先輩は、同じ高校生とは思えないくらいに老け顔で、強面です。応援歌を覚えられないと、どつかれます、蹴飛ばされます。今、思い返しても、どきどきします。やっとの思いで、築館高校との定期戦が終わると、1年生を待ち受ける次の試練は「私服狩り」です。古川高校は、制服はありません。私服です。しかしながら、定期戦まで、1年生は学ランが義務づけられています。私服での登校が許可されたとはいえ、すぐに私服を学校に着て来ては大変です。昼休みに先輩が教室に来て、「私服、着て来たのは、どいずやぁ!!」と言い、教室に連行され、歌、踊りをしなくてはなりません。私服で昼休みに教室にいては危険なのです。私が私服を着てきた日、窓の外で、弁当を食べていました。そのとき、突然、頭の上から、「私服、着て来たのは、どいずやぁ!!」の大声とともに、水が降ってきました。ずぶ濡れ、弁当は、ぐちゃぐちゃ。
といったように、当時は大変な思いをしながら「真の古高生」になると言われました。私も、3年生になったときには、心を鬼にして、新入生が真の古高生になるために、微力ながら力を尽くしました。。今、思い返すと無茶苦茶ですね。
さて、取り壊しが決まった南校舎は、52年間で15,000人の「真の古高生」を育て、見送りました。途中、男子校から共学に変わり、雰囲気も随分とマイルドになったようです。今回、この「南校舎送別会」を企画した、田中くん、木谷さんをはじめ実行委員の皆さん、本当に素敵な機会を提供して頂き、ありがとうございました。4月からの新しい場所での皆さんのご活躍をお祈りします。
私たち、卒業生にとって母校は、心の中にいつもある自分たちの原点かと改めて思いました。
改めて、東日本大震災で犠牲になられた皆様の御霊が安らかなることをお祈りいたします。
(写真は、今日の夕方、犠牲者の鎮魂のために開催された「多賀城万灯会」です。)
一年とは思えない速さで時が過ぎた気がします。震災当日、宮城に戻ることができなくなり、議員会館で一夜を明かしながら、仙台市若林区の沿岸を襲う津波を、気仙沼市が燃えている映像を、そして、夜が明けて、空から女川が壊滅している映像を見たときの衝撃が、今でも、まざまざと心に蘇ってきます。
あの日は、金曜日、宮城に戻ろうとしていた時で、東京駅の近くで地震にあいました。13日になり北海道の松木先生が車を貸して下さり、橋本議員、斉藤議員と3人で、新潟→山形→宮城のルートで戻りました。明かりが全くなく、星があまりにも綺麗だったことを覚えています。そして、14日から被災地を廻りだしました。
この一年を思い、議員として、「できたこと」、「できなかったこと」を思い返しています。忸怩たる思い、悔しい思いを、私も何度も繰り返しました。
しかし、今日、塩釜にて、犠牲者の皆さんに追悼の言葉を述べさせて頂きながら、「復興のために全力を尽くすしかない」と、改めて心に誓わせて頂きました。
犠牲者の鎮魂と、被災地の復興を願い、私が慰霊祭で述べた「追悼の辞」を掲載します。
東日本大震災塩釜市慰霊祭 「追悼の辞」
3月11日を迎えました。
東日本大震災において19,009人の方が犠牲になられました。ここ塩竈におきましても、61人の方が亡くなられ、また未だに行方不明の方がおられます。犠牲になられました全ての方の御霊に改めて心からの哀悼の意を捧げさせて頂きます。
私自身も、震災間もない3月15日に、市役所に車を停めさせて頂き、市内を歩かせて頂きました。津波のために倒壊した家屋や商店、折り重なる車。その中を、自衛官、警察官、消防士の皆さんに加え、行方不明の方を捜索する消防団の皆さん、水や食料を避難所に運ばれる市民の皆さん、徹夜で情報収集に当たられていた市役所職員の皆さんがおられました。また、3月24日、船外機船に乗せて頂き、浦戸に渡らせて頂きました。孤立した島にありながらも、男性の方々はすでに流された家屋の瓦礫の撤去作業を初めておられ、また、女性の方々は、日に三度の食事を分担しながら作っておられました。
私が見させて頂いたのは、絶望の中からも、お互いを労り、助け合う絆の強さと、ふるさと塩竈を想う市民の皆さんの愛情でした。
あれから一年が過ぎ、大切な家族を失った皆さん、仮設住宅で不自由なお暮らしをされている皆さん、会社を流され再建にご苦労をされている経営者や従業員の皆さん、船を失って未だ海に出ることのできない漁業者の皆さん、様々なご苦労を、心労を背負われている方々が未だに沢山いらっしゃいます。
その中におきましても、塩釜市は、昨年12月に策定されました復興計画に向けて、新しい街作りに大きく動き出しております。塩釜市の復興計画は、その独自性に加え、大変練られたものであると評価が高いものがあります。この計画に基づき、復興住宅、防潮堤の再建、岸壁の修復、土地の嵩上げと、せねばならぬことが着々と行われていくことになります。その一方で、宮城県沿岸の中で唯一機能している大型漁港として、宮城県の水産業を守るためにも、塩釜漁港の果たす役割が今クローズアップされています。関連の水産加工業も含めた塩釜の他の産業ともども、国や県の復興支援事業が採択されていくことになります。
遠く古代に思いを馳せたとき、平安初期より塩釜神社が創建されていることよりも、古来より東北の中心地としてあり続けたのが、ここ塩釜の地でありました。あの地震や津波は、私たちの普段の生活を、何気ない幸せを、一瞬にして奪っていった憎むべき厄災でありました。
しかし、市民の皆さん。東北の歴史を背負ってこられた塩釜の皆さんであるからこそできることがあると、私は信じております。多くの無垢な命を奪ったあの災害の記憶を伝え、防災の重要性を、命の大切さを、私たちの子供たちや、孫たちに、新しい日本の歴史として伝えていって頂くことを、塩釜の新しい街作りとともに、私は、皆様に強くお願いさせて頂きます。
最後に、改めて、犠牲になられた皆様の御霊が安らかにお眠りになることと、今日を機に、お集まりの皆様全ての心に希望の灯をともして頂くことを祈願させて頂き、私の、本日の東日本大震災一周忌の挨拶とさせて頂きます。
平成24年3月11日 衆議院議員 石山敬貴
震災1年を前に、石巻市の北上、河北、雄勝地区、そして旧市内を廻ってきました。
全体的に石巻は瓦礫処理を含めて復旧が遅れていると言われています。合併による広域化もその原因の一つです。
多くの児童が亡くなった大川小学校では、ご焼香をさせて頂きました。雄勝地区においては、支所の前で仮設の店舗が出来ていました。その一方、旧市内においては行き場の決まらない瓦礫が一時置き場にうずたかく積まれています。
まだまだ、課題が山積みです。
追伸; 雄勝の仮設商店で買った、「石巻焼きそば」は絶品でした!
明日(5日)、予算委員会分科会(農林水産、環境)において質問をします。予算委員会分科会は、地域事情に応じた細かな質問をしてもよいと慣習的に(←是非は別として)なっています。
明日は、分科会の農林水産、環境分野での質問になりますので、1) 戸別所得補償の法制化、2) 放射能被害による宮城の畜産農家の現状、3) 震災による塩釜市の水産加工団地の地盤沈下への対応要望、に関する質問をします。(写真は、処理されずに農家の庭先に保管されている汚染稲わら)。
質問、原稿案です。
Q1) 「基本計画」と「基本方針・行動計画」の位置づけ
まず、ここに一昨年の3月に閣議決定されました「食料農業農村基本計画」があります。この基本計画の、鹿野農政における位置づけお聞きかせください。そしてもう一つ、ここに「我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画」があります。この両者の位置づけはどうなりますか?
(鹿野大臣答弁)
私は、鹿野農政にとって、最も大切なことは、「基本計画」と「基本方針・行動計画」の位置づけを明確にすることだと思います。「基本計画」があっての「基本方針・行動計画」であることを常に明言して頂くことが重要です。
巷では、「基本計画」を否定して「基本方針」を制定した、または、「基本計画」と「基本方針・行動計画」が矛盾するとの指摘もあります。ではなく、「基本計画」を基に「基本方針・行動計画」があるということを、または、「基本計画」の、ここが重要ですが、「一部」を実行するために「基本方針・行動計画」を制定したとのご認識を持って頂きたいと思います。如何でしょうか?
Q2 担い手の定義について
その中におきまして、この「基本計画」の中で、「担い手」をどのようにて定義づけたかをお答え下さい。
(鹿野大臣答弁)
担い手について「基本計画」にある担い手について書かれた部分を、読み上げます。
意欲ある多様な農業者による農業経営の推進
戸別所得補償制度の導入により、兼業農家や小規模経営を含む意欲あるすべての農業者が農業を継続できる環境を整備するとともに、新規就農者を幅広く確保し、農業経営の多角化・複合化等の6次産業化による付加価値の向上分を経営に取り入れる取組を後押しすること等により、競争力ある経営体が育成・確保されるようにする。このことは、経営の規模拡大や効率化、あるいは集落営農の組織化といった政策方向を否定するものではなく、むしろ推進するものである。一方で、農業は、地域ごとの気象や土壌といった自然条件や大消費地との距離等の社会条件に大きく左右されることから、適地適作を基本として、地域の実情を踏まえた政策体系を構築することが重要である。したがって、こうした政策体系の下で、大規模効率化を目指す農業者も、規模が小さくても加工や販売に取り組むこと等により特色ある経営を展開する農業者も、各々の創意工夫を活かしながら営農の継続・発展を目指していくことができるよう、現場の主体的判断を尊重した多様な努力・取組を支援する施策を展開していくこととする。
さてこのことを考えますと、「基本方針・行動計画」は不完全、中途半端なもので、「基本計画」に定めたある一部分だけを取り上げたものと感じています。それは何故かと言えば、「基本方針・行動計画」にある「実質的な規模拡大を図り、平地で20ha〜30ha、中山間地域で10ha〜20haの規模の経営体が大宗を占める構造を目指す」という文言だけが一人歩きしています。もちろん、「一定規模を示して、それ以下を政策の対象から外すことを目的としてものではない。」との注釈があるとおり、これは、あくまで、土地利用型農業で、かつ平場の場合の理想型であるとの認識を、私たちは持っています。しかし、現場では、「民主党農政の変節」や「中山間地域の小規模農業の切り捨て」との誤解を生んでいます。
私は、「基本計画」にある「多様な農業者」による農業経営の推進のためにも、今回の「基本方針・行動計画」では欠けている部分を補う必要があるのはないでしょうか。それは、例えば、中山間地域の農業、または、環境保全型農業といった小規模経営農業と六次産業化の組み合わせや、日本列島は南北に長く気象条件、土地条件が大きく違うことを配慮して地域、地域に対応した農業モデル、さらに殆どふれられることがない都市近郊農業モデルなど、大規模土地利用型農業以外についても、「基本計画」に沿って、現行の「基本方針・行動計画」に加筆せねばならぬと思いますが、大臣のお考えをお聞かせ下さい。
(鹿野大臣答弁)
Q3 「戸別所得補償制度」に関する質問
引き続き、「戸別所得補償制度」に関しての質問を、やはり「基本計画」に基づいてさせて頂きます。
私自身も、この年末年始は、農家の皆さんと何度も意見交換の場を持たせて頂きました。多くの意見の中で、最も多い声は、「安定した継続性のある農政」を求める声でした。それと相まって、2つ目として、この「戸別所得補償制度の法制化」に対する期待、要望です。ここに3月1日の日本農業新聞があります。この記事では、2003年以来低下傾向にあった農業所得が、2010年は17%増の結果が出たと報道しています。「戸別所得補償制度」の一つの目的である農家の所得を増やすという目標は、まずは達成されたこと、私も感じています。改めて、法制化に対する大臣の想いをお聞かせ下さい。
(鹿野大臣答弁)
Q4 食料自給率の向上
一昨年、戸別所得補償制度への提言を民主党の農林水産部門会議の戸別所得補償制度WTより、幾つかの提言を出させて頂きました。その中において、この制度の目的に次の3つを挙げさせて頂きました。
1,「食料自給率の向上」。2,「多面的機能の維持」。3,「農家の経営の安定」。
この3つは、「基本計画」にも書かれています。「将来の世界的な食料の需給の逼迫を鑑みて、日本の食料の自給率の向上を目指し、また、国土保全、環境保全といった多面的機能の維持の重要性」を明確に示しています。この大きな目標のために、それを支える農家の経営の安定が重要であると考えて、「戸別所得補償制度」を導入したのではないでしょうか?大変、稚拙な質問で失礼ですが、この「基本計画」において、何年を目標として50%を目指すことにしたのかをお答え下さい。
(鹿野大臣答弁)
「基本計画」を定めると時の党内の議論においても、自給率が直線的に伸びるとは想定していません。最初の数年は、農業の現場に、戸別所得補償制度や六次産業化などの新しい制度への理解と定着がなされてから、食糧自給率へと反映されるであろうと考えていました。戸別所得補償制度の導入にも関わらずに、食糧自給率が上がらないとの指摘がありますが、制度導入初期段階で自給率が足踏みすることは想定内です。鹿野大臣には、堂々と、自給率の向上にも安定した農政、それすなわち、「戸別所得補償制度」の必要との考えを述べて頂きたいと思います。
今回話題としました「基本計画」には、今後10年間の農政の道標が全て記されています。あくまで「基本計画」が軸であり、「基本方針・行動計画」は、それを目指していくための単なる「方法論」です。方法論は、その時々に応じて付け加えや、変更もあってしかるべきと思います。しかし、私たちが目指す方向は、理想とする農業は、「基本計画」にあることを、常にご念頭において頂き、「戸別所得補償制度」の法制化に向けて粛々と取り組んで頂きたいと思います。私たちも、全力で支援させて頂きます。
Q5、東電の賠償状況について
宮城県から出されている東京電力の農産物被害に対する賠償の支払い状況についてお聞かせ下さい。
(経産省答弁)
Q6、繋ぎ資金の返済について
宮城県の農産物被害の賠償に対しては、昨年の11月の取り纏め分の10月までの賠償に、その9割が12月に支払われて以来、まったく賠償の支払いがなされない状態が続いています。賠償が滞っていることも問題ですが、それ以上に被害者である農家の現状を顧みないことが起きています。
それは、放射能被害が発覚した8月より、宮城の肥育牛は出荷停止期間が約一月続きました。出荷が再開されても、セシウムの全頭検査のため、出荷が制限されることなどの理由で、昨年の9月に一頭当たり5万円を繋ぎ資金として、肥育農家に貸与されました。この貸与されたこの資金に対して、農家に返済請求が来ています。返済期限は、3月31日。宮城の肥育農家はこの期間枝肉の低迷のため赤字経営が続いています。その補填である賠償金の支払いがないまま、以前の貸与金の返済が求められている現状です。このことは、現場の状況を考えない仕儀ではないでしょうか?質問通告をしていないことですので、現況報告に留めたいと思います。
Q7、繋ぎ資金の返済について
さらに、今回、4月より食品に含まれる基準が厳しくなるに伴い、肥育、酪農、繁殖牛を育成している全ての農家に対して、100Bq/kg以上の粗飼料を与えることを自粛する旨の通達が出されています。宮城においては、昨年の7月以降、牛に対する粗飼料の給餌制限のためセシウム汚染された稲わらが4万ロール以上滞留しています。これまでの給餌制限の対象は、主として肥育農家に対するものでした。宮城の肥育農家は約900戸です。しかし、今回の制限は、繁殖農家が主として対象となります。宮城の繁殖農家は約7,000戸です。この肥育農家と繁殖農家の比率からも、まだ現時点では正確な数値は得られていませんが、滞留する粗飼料、主に昨年度産の牧草は、膨大な数に上ることが予想されます。未だに、地域では、大半の汚染された稲わらの処分ができずに困惑しています。国の基準では、8,000Bq/kg以下は一般廃棄物として処分をしてよいとのことですが、現実的には、地域住民の同意を得るのが大変に難しく、焼くことはもちろん、仮置き場の場所の選定の理解する得られない地域もあるのが現状です。是非とも、地方任せになっている仮置き場の選定や焼却処分への理解を国指導でお願いしたいと思います。如何でしょうか。
(高山政務官)
Q8 塩釜市新浜町の地盤沈下の改善要望
さきの東日本大震災の影響で、宮城県でも有数の漁港である塩釜市の漁港とその後背地にある水産加工団地の地盤沈下が激しい状態となっています。一度緩んだ地番は脆くなっていると推測され、今でも地盤沈下が進行しつつある状態です。水産庁と地元、水産関係の方々と対処方法などを巡り、意見交換もなされていると聞いております。現況をお聞かせ下さい。
(水産庁答弁)
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前々回のブログでは、消費税を上げることは、必ずしも、総税収の増加に繋がらないということを書きました。実際、1998年の消費税増税の時には、所得税と法人税が大きく落ち込み、総税収は、マイナスになったことを書きました。さらに、消費税の増税を行うにしても、「手順」が大切と書きました。
その「手順」は何かと言えば、まずは「デフレの脱却」、それに伴う「名目GDP」の増加を目指すことです。「名目GDP」の増加は、「税収」の増加を引き起こします(写真、右。名目GDPの成長率と税収の伸びには、相関関係がある。)。前回、消費税が増税された1998年以降、日本はデフレ経済が続いています(写真、左。)。デフレ経済とは、相対的に、「お金」の価値が、「物」の価値と比較して、年々上がる経済状態です。一見、デフレ経済は、良いように見えます。「物が安くなる」わけですから、同じ金額のお金でも、以前と比較したときに、物が多く買えるようになります。例えば、10年前は1,000円で2足買えた靴下が、今は3足買えるようになったというような状況です。
消費の側面から見れば、良いことのように見えるデフレですが、生産の面から見ればこれは、由々しき事態です。多くの人は、消費者である一方、直接、間接的に見れば、生産者でもあります。靴下の例で、生産者の側から見れば、1,000円の売り上げを得るために2足で済んだのが、3足売らねばなりません。つまり、1足あたりから得られる利益が薄くなってしまったことを意味します。このことは、働く人、労働者のお給料に反映されることになります(または、労働時間)。実際、統計的に、この10年間でサラリーマンのお給料の平均は、月44,000円も下がりました。「物」の値下がりが、せめて、給料の下がり幅より大きければ、まだよいのですが、実際は、逆で、給料の下がり幅が、「物」の値下がりより、ずっと大きいのが実態です。
日銀は、昨年まで、明確に日本経済が「デフレ」にあることを認めませんでした。ようやく最近になり、デフレ状態にあることを公式に認め、「1%程度のインフレを目指す」と宣言しています。あまりにも遅すぎる対応だと思います。
冒頭に、税収を増やすためには、名目GDPを成長させなくてはならないと書きました。名目GDPは、「実質GDP」と「インフレ度合」の合算です。そもそも、ある程度のインフレを起こさないと名目GDPの成長はありえません。逆に言うと、デフレでは、実質の経済成長を削り、名目GDPの成長はないことになります。それすなわち、名目GDPが成長しないことにより税収も増えないということになります。
十分な景気対策や円高対策をも行わず、さらに、増税によらない税収の増加を図る方法があるなかで、単に、財源が厳しいということだけで、今回の「消費税増税」を語ることは、「手順」があまりにも悪く、論理性に欠けることです。
昨日(28日)、「大雪になります!」という東京を最終の新幹線で脱出し、宮城に戻りました。宮城は、春近しを思わせる天気。地元において、少々やっかいな問題が畜産農家さんを中心に生じているため、聞き取りに廻らせて頂きました。お昼にお邪魔したお宅で、新品種の「げんきまる」(写真)を初めて頂きました。名前が良いので被災地にも随分と供出したそうです。すごく美味しかったです。ご馳走様でした。
さて、消費税増税論議の中で、政府も、マスコミも「今、消費税を上げないとギリシャのようになる!!」と大合唱です。これは、「日本の国債残高は、1,000兆円にもなる(国、地方、及び長中短期国債を合わせて)。ギリシャの水準を遙かに超えている。日本もギリシャと同様になる。」という論法のもと、「だから、消費税を上げましょう!」との結論です。しかし、この論法が成り立つためには、「日本」と「ギリシャ」の経済や社会状況、及び、金融や財務体制が同じであることが前提に必要です。
今日は、日本と比較しながらギリシャについて、検証をしてみようと思います。
1, 公務員天国
ギリシャは、公務員天国です。ギリシャの公務員給与は、そのGDPの13%です。日本でも、今、公務員の給料削減が問われています。その一方、日本の公務員給与は、GDP比で6%程度です。ギリシャでは、選挙のたびに高い失業率対策が焦点となり、失業者を公務員として採用するという大胆な政策!が続き、公務員の数が大幅に増えました。昨年、ギリシャが国際支援を受けるに当たっての調査によれば、ギリシャの公務員は民間企業と比べ、11%給与が高く、さらに、教育水準や年齢を考慮した場合だと、民間より32%も給与が高いという結果が出ました。また、ギリシャ国民は「あまり働かない」とも言われています。あるフランスの金融機関に勤める日本人に、次のような話を聞いたことがあります。オフィスにおいて、2時ごろになると帰る人がおり、「???」となったとのこと。同僚のフランス人に問うてみると、答えは、「ギリシャ人だから」。その日本人の方は、「1か月もバカンスを取るフランス人だって休みすぎと思うのに、ギリシャ人って、、」、と感じたとのことでした。
2, 年金天国
殆ど破綻状態にあるようですが、ギリシャには様々な年金があります。そのため、退職後の年金受給率は、働いていた時と比べ、98%にもなります。日本は、40%強です。このような過剰とも言える社会保障もギリシャの財政を圧迫した要因です。ちなみに、今回、ギリシャ救済に大きく貢献することになるドイツは、約50%程度とのこと。今回、ドイツ人が、ギリシャ救済を面白く思っていないことには納得できます。
3, 脱税天国とギリシャ文明への誇り
ギリシャは脱税天国です。これには、ギリシャには、存外にマフィアが多く、徴税対象とならない「闇経済」が大きいことに原因があります。また、ギリシャは、人類文明発祥の一つです。その誇りを多くのギリシャ国民は持っています。実際、観光や造船業以外に目立つ産業がない経済の中で、常に他のヨーロッパ諸国と肩を並べようとし、無理な国の財政運営を行い続けてきたことも、今回の危機の原因です。
4, 独自の金融政策が取れない
ギリシャだけでなくユーロ加盟国には、それぞれの国に、日本の日銀にあたる中央銀行がありません。金融政策は、欧州中央銀行の管轄下に置かれています。通常、中央銀行は、景気の刺激策として、金利や流通している貨幣の量を調整することにより、景気対策を行うことができますが、ギリシャは、ユーロ加盟と引き換えにこの独自の金融政策を行う権利を放棄してしまいました(当然、他のユーロ圏の諸国も同様ですが、、)。
5, 粉飾決算を行っていた政府
ギリシャ政府は、粉飾決算を行っていました。そもそもユーロ圏に加盟するためには、財政赤字がGDP比で3%以下、国債の発行残高が60%以下でなくてはいけませんでした。はっきり言えば、ギリシャは、先にも書いたように、ギリシャ人の誇りもあり、是非ともユーロに加盟したかったようです。そのために、粉飾を行ってしまいました(実際、2001年の財政赤字がGDP比4.5%、国債残高がGDP比で104%であることが判明)。2009年にこの粉飾決算が明るみになることにより、ギリシャ政府の信用が失墜しました。これは、当然です。家庭でも、企業でも、銀行から融資を受けようと思えば、資産状況や企業の経営計画より返済能力が問われます。それを偽ったわけですから、「また、お金を貸して」と言っても、なかなか貸してくれる人がいなくなるのはあたりまえではないでしょうか。
6, ギリシャ国債は、他のユーロ圏の銀行が請け負っている
ギリシャ国債は、ドイツの銀行が42%を、フランスの銀行が28%を買っています。これは、家庭や企業に例えれば、銀行や消費者金融からお金を借りているのと同じです。期限がくれば、まったなしで支払いを行わなくてはなりません。日本の場合は、内国債が95%を占めています。つまり、日本の国債は、日本人の預貯金で賄われています。家庭内で、「私」が「父」からお金を借りているのと同様の状況です。ギリシャは、先に示した通り、粉飾決算が判明したことにより、国としての信用を失いました。「ギリシャにお金を貸しても返してくれないのではないか?」という疑念です。自分が持っている国債が無価値になってしまうかもしれないという不安が生じました。ギリシャが債務不履行になる前に、「安くしても誰かに、売れるうちに売ろう」ということになります。つまり、「1万円の国債はギリシャが債務不履行になれば0円。だから、5000円でもいいから売ろう!」ということです。ギリシャが債務不履行にならなければ5000円で買った国債は、満期に1万円となります。満期まで1年だったとすれば、利回り100%となります。ギリシャの利回りが大きく上昇したということは、「国債の買い手がいない」、つまり、ギリシャに「お金を貸したがらない」ということです。
この様に、ギリシャの社会、経済状況、金融、財政状況を見ると、日本と随分違うことが分かります。しかし、一切、このような二か国の違いを無視して、単純に「国債債務残高」だけを取り上げ、「ギリシャのようになる!」と吹聴し、政府、マスコミが挙って財政破綻を煽ることに、私は問題があると感じています。ましてや、さまざまな税制の中で、「消費税」だけを取り上げることは、論理性に全く欠けています。TPPの時もそうでした。「グローバリゼーションだから!」、「バスに乗り遅れるな!」と扇情的なキャッチフレーズだけを、政治家も、マスコミも使いました。これは、国民の皆さんを愚弄した行為です。
増大する累積赤字と社会保障費に対する危機意識と将来の抜本的な解決は絶対に必要です。しかし、その解決のため正しい方向性を見出すためには、客観性のある事実を基に論理的な積み上げを行わないと、誤った結論を生み出します。それは、国民の皆さんに、さらなる苦しみをもたらすことになります。
まだまだ雪は降ると思いますが、それでも、どことなく空気が緩んできていて、春の気配を感じます。「今日で2月も終わり!」と思っていたら、明日もあるのですね。閏年と言うことを忘れていました。1日得したような、春の訪れが一日遅くなったような、そんな気持ちです。
さて、「消費税増税の問題」です。
消費税を増税することの目的を、最も、単純化すれば、「税収」のアップです。トータルの税収が増えなくては、全く意味がありません。
それでは、前回、消費税が3%から5%になった時は、どうだったのかを検証してみたいと思います。1998年の橋本内閣のことです。
当然ですが、2%消費税アップ分の税収は、前年度と比較して、3.1兆円の税収増となりました(6.1兆円→9.2兆円)。その一方で、主要な国税である所得税と法人税は、それぞれ、所得税が2.7兆円、法人税が2.1兆円の減収となりました。つまり、消費税の税収は増えたが、所得税と法人税は減ったとい結果になりました。総税収は減収1.7兆円となったのです。
さらには、この消費税の増税以降、日本は15年近くに及ぶ、所謂、「デフレ経済」となり、家庭においては働いても働いても給料が増えない、国の税収も低迷したままとなっています。
私は、デフレ経済が続いている現状で、消費税の増税を行えば、また、前回と同じことが起きると考えています。増える社会保障費に対応するためにも、いつの時点かで、消費税の増税を行う必要があると思いますが、それを行うにしても、「手順」が大切であると思います。この手順を無視すれば、すったもんだの末に消費税を増税しても、結局は、税収を減らし、かつ、今以上に景気を冷え込ませることになります。
最近あまり話題にならなくなったことですが、BSE(牛海綿状脳症)に関して、皆さん覚えておられるでしょうか?
日本では、2001年にBSEの発症が確認された牛が出たことにより、焼肉屋さんなどはお客さんが来なくなり、また生産農家にとっては枝肉の価格が低迷し、関係産業に大きな損失が出ました。さらに、2003年にアメリカにおいて、牛にBSEの発症が確認されたことにより、2003年〜05年までアメリカ産牛肉の輸入を停止しました。この時、吉野家では牛丼の販売ができなくなったことは、皆さんの記憶にも残っているのではないでしょうか。
改めて、そもそもBSEとは何かということから書きます。
BSEが発症した牛の脳は、徐々に空洞ができ、最後にスポンジ状になり死に至ります。原因は、「プリオン」というたんぱく質が原因と言われています。「プリオン」は、健康体の牛にも存在するのですが、BSEの原因となるのは、正常なプリオンと比べて、少し形が変わってしまった「異常プリオン」と呼ばれるものです。この「異常プリオン」が増殖することによりBSEが発症するのですが、仮に、「異常プリオン」が飼料に混じり、他の牛がその飼料を食べると、今度は、食べた牛の中で「異常プリオン」が増殖し、BSEの発症が拡大するということになります。更に問題は、BSEの発症した牛の肉を食べると、人間のBSEに当たる「クロイツフェルト・ヤコブ病」を、その因果関係は未だに科学的に完全に証明されてはいませんが、食べた人が発症する可能性があると指摘されていることです。日本においては、出荷される牛(枝肉)に関して、2001年から全てBSEの検査を行っています。これまで、国内でBSEを発症した牛は、現在まで36頭であり、2009年以降はBSEを発症した牛はおりません。
2005年から停止されていたアメリカ産の牛肉の輸入が再開されています。但し、「特定危険部位(SRM)を取り除いた生後20か月未満の牛の肉」だけです。特定危険部位とは、脳、脊髄、小腸などで、ここには、異常プリオンがより蓄積される部分です。また、生後20か月未満の根拠は、これまで生後20か月未満の牛においてはBSEの発症が確認されたことがないためです。しかし、アメリカにおいては、日本で行われているような出荷される牛のBSEの全頭検査は行われていません。輸入再開時において、再三再四、アメリカに対して日本が要求したにも関わらずです。
2007年からアメリカは、日本に対して更なる輸入規制の緩和を求めていました。昨年9月に当時の外務大臣である前原誠司氏が、アメリカのクリントン国務長との会談で、何の根拠があるのか知りませんが、「輸入牛肉の月齢の見直しを一つの方向性として検討して議論したい」と表明してきました。さらに、最近になりアメリカの要望は、輸入牛肉の月齢制限を20か月から30か月に引き上げろ、とのことです。その主張の根拠、「これまで、20か月から30か月の若い牛でBSE発症した牛はごくわずかであり、リスクの確立からすれば無視できる」というものです。
その流れも受けて、本日、有識者で開催される食品安全委員会のプリオン調査会が開催され、その傍聴に行ってきました。これまでのBSEの研究結果が、専門の先生方より説明がありましたが、今回議論の対象となる「20か月から30か月」でBSEを発症した牛に関する研究は殆どなく、BSEに罹りやすいといわれている高齢の牛の結果だけの報告に終始しました。逆を返せば、全く「20か月から30か月」の牛が、何故、BSEを発症したのかという理由を裏付ける科学的なデータがないということです。これでは、良いも悪いも判断することができないことになります。
多分に感覚的な意見になりますが、TPP交渉の一連の流れと抱合せて、このアメリカ牛の輸入緩和が話題に出されているきらいがあります。さらに、「結果ありき」のこのような有識者会議と称するものが、「何らかの意図」の基に開かれ、その意図に沿った結論が導かれることが、往々にしてあることを、2年余りの経験から知りました。ことは、国民の皆さんの健康に関わることです。この会議の流れを注視していこうと思っています。
友人の中野渡詔子議員(http://nikoniko-noriko.com/)の要請により、青森県七戸町の農家の皆さんとの意見交換会に行ってきました。
土地柄、雪に閉ざされた地区で、農家の皆さんも高齢化が進んでいるようです。戸別所得補償のことを中心に話をさせて頂きましたが、雪のため農地の状況を見ることができませんでした。また、春以降に訪れさせて頂き、現場に即した話をさせて頂ければと思っています。
先日の日銀の「金融緩和と1%程度のインフレを目指す」との発表と、ギリシャの第2次支援が決まったことにより、円が80円台を7か月ぶりに回復した。
日本がこれまでに経験したことのない超円高は、輸出企業に大きな損失を与えている。震災による影響はあったものの、昨年の貿易収支が赤字を記録したことは、この超円高によることが第一の原因である。この期間、政府、日銀は、積極的な円高対策を何も行ってこなかった。 「いや、ドル買いの介入」を行ったと財務省は言うかもしれないが、「介入」は、すでに時代遅れの対策であり、為替の変動相場制の中において、「禁じ手」とされている。そもそも、何故ここまで円高が進んだかといえば、アメリカがリーマンショック後の経済対策として、ドルの通貨量を2〜3倍に増やしたことによる。だからこそ、相対的にドルの価値が低下したのである。
このような円高、さらには、長期に渡るデフレ経済、さらには、震災復興という中において、「消費税の増税」は、日本経済に壊滅的な打撃をあたえることになるであろう。これは、「感情論」でなく、「理屈」として、そうであると私は確信している。しかし、政府は、社会保障の増大と累積する国債をたてに、消費税増税を推し進める腹である。また、マスコミも、何の因果か(理由は明確にあるのだが、、)、増税ありきの報道である。
これから、消費税増税が与える影響を、継続的に、取り上げていきたいと思っている。
一昨日、塩釜市の壱番館で開催された「震災復興チャリティー講演繋ごう明日へ」(presennted by 和顔施 代表 黒沢としみさんhttp://waganse.net/)に行きました。本間秋彦さんの「おらほのラジオ体操第一」は大いに盛り上がりました。その中で、歌手の土居康宏さんのステージもありました。土居さんは神戸の方。関西大震災の時にお世話になった恩返しにと、被災地でのコンサートを繰り返されています。感謝です。CDにサインを頂きました。
1月は「行く」、2月は「逃げる」、3月は「去る」と言われますが、2012年の年が明けて、もう一月が経ちます。
新年の挨拶、「明けまして、おめでとうございます」と言ってよいのかどうか、年頭は悩みました。そんな時に、ある方より、「昨年は、震災があって、多くの方々亡くなられた。石山君が、”おめでとうございます”と言うことを躊躇するのは分かる。しかし、必ず、物事には、”際(きわ)”を付けなくてはならない。今年を復興元年にしなくちゃらないのだから、君が元気よく挨拶しなくては駄目だよ」と言われました。確かに「その通り」と、私も思い、その後は、元気に新年の挨拶をしています。
1月は、毎年、各種新年行事が目白押しとなります。市町村や各種団体の新年式、成人式、消防団や指導隊の皆さん方の出初め式などなど、今年も多くの新年行事に参加させて頂きました。そして、多くの皆さんから、叱咤激励も含め、沢山の意見を頂きました。
暫くは、頂いた意見をもとに、ブログを綴りたいと思います。
Date fm 77.1 Mhz(←主に、宮城県をカバーするFM局)で、毎週土曜日午前9時より放送を行っている《繋ごう明日へ》の収録に行ってきました。友人の黒澤としみさんと庄司克史さんがDJを務めています。
黒澤さんらは、震災後に、津波被害の酷かった沿岸部を支援する過程で、さらに、復旧・復興への礎となるためにも、ネットワークの構築が必要と考えました。今も被災地では、様々な支援を求めている方々がいます。一方、被災地を応援したいと思っている方も全国に大勢います。その両方の方々を繋げるためにも情報発信が重要と考えられました。そして決断をしたのが、FMによる放送でした。毎週土曜日の30分の放送枠を、スポンサーの方の協力を得ながら、自前で頑張ってこられました。黒澤さんや庄司さんは、これまでもアクティビティーの高い活動をしてこられました。そして、さらにこのことを聞き、私は、驚くとともに、大変感動しました。来年度のスポンサーを探しているとのこと。微力ながらスポンサー探しを協力させて頂きたいと思いました。
ところで、番組の収録の中で、私は、宮城を含めた産業復興の重要性について話をさせて頂きました。具体的には、震災関連による農業への被害とその実情、今、現場が必要としている対応策を、特に、畜産農家の現状をあげさせて頂きました。また、単なる震災から復興ではなく、「発展」に繋げなくてはなりません。宮城県は東北大学を抱えています。この大学の知的成果を、若い方々を中心としてベンチャー的に産業に転換する体制整備や支援を行い、宮城から、被災地から、将来、日本や世界に貢献できる「新しい産業や技術」の育成を目指すべきと話をさせて頂きました。アメリカのシリコンバレーの背後にスタンフォード大学が、フィンランドのノキアの近接にヘルシンキ工科大学があり、それぞれの産業の興隆に直結しました。このイメージを宮城で行えたらと思っています。
2月4日(土)、午前9時からの放送となりますので、是非、お聞き頂ければと思います。ちなみに、初めてのラジオ出演です。
11日、急遽、韓国の与党であるハンナラ党の国会議員お二人と会うことができることになり、ソウルまで日帰りで行くことになった。
今回の機会は、大崎市の市議会議員である八木吉夫氏のご尽力により、達成されたことである。八木氏らは、20年ほど前から、青年団活動の一環として韓国の青年団との交流を重ねてきた。その繋がりで、やはり自由貿易協定のことで揺れる韓国の実情を見聞した方が良いのではとの助言を頂き、今回の仕儀となった。
お会いした韓国の議員、二人は与党ということもあり、「自由貿易推進派」である。韓国農業に与えた自由貿易の弊害も当然認識しておられた。また、日本と比較して、農業環境に適さない国土、また、半島国家として近隣諸国との交流の違い、産業構造等より、「メリットとデメリット」を冷静に比較したときに、自由貿易が韓国の生き残る道であると判断したとのことである。その一方で、自由貿易を行うにあたり受け皿となる国内体制を整備することが重要であるとも述べておられた。この点においては、自分も正確には、まだ理解していないが、世界でも、韓国のみが行った国内整備があるとのこと。その法律を和訳したものを、今度、送って頂くことになっている。深掘りする必要があると思っている。
また、国内の農業に与える損失を回避するために、予め巨額の予算を投じてきたが、その効果は殆どなかったとも言っておられた。「明らかな失敗である」と。それでは、何の予防策も講じることなく、通常の自由貿易協定よりも過激なTPPに邁進する日本の農業がどうなるかは、火を見るより明らかと、このことを聞いたとき改めて鳥肌が立つ思いがした。
今の韓国は、様々な社会問題を抱えている。中小企業の没落による産業の空洞化、それにともない若年層の高い失業率である。現代、サムソン、LGといった大企業は、中間製品を自由貿易協定の恩恵(?)により海外からの発注に依存している。また、これらの企業は、自社の本業だけではなく、他の産業への参入も激しい。現代は、外食、また、コンビニにまで進出しているようだ。このどん欲過ぎる企業活動が、国内の中小企業の崩壊を招いている。それに伴い、若い人たちの就職先は、必然と大企業中心となってきている。しかし、全ての人たちが、大企業に就職できるわけでは、当然、ない。就職先は、「大企業か、フリーターか」と言われるゆえんがここにある。親は、子供たちに安定した職に就いて貰いたい。そのために、受験競争が激化している。教育熱の激化は、それへの投資のため、親の持つ可処分所得を減少させて、韓国経済のその他の消費の減退に繋がっているという。もちろん、二人の国会議員の方々は、これらの事実を認めつつも、自由貿易の促進の結果だけではなく、韓国の社会風土、企業体質に問題があると主たる原因があると考えていた。しかし、私は、行き過ぎた自由貿易は、過度な競争を生む。上記の韓国の社会問題は、全ては過度の競争所以である。もちろん、全てを自由貿易に原因を求めることは、乱暴でもあるし、論理的でもないが、彼らが考えるほど小さいな要因ではなかろうと感じている。
今回は時間も短く、顔合わせのような訪韓であったが、肌感覚として、彼の国の実情を感じることができた。今後も継続して、韓国の推移を見るとして、同時に正確な情報を集めることが、TPPへの冷静な評価をする判断材料になると思っている。
最近、宮城は雪が多く、冷え込みも厳しい日が続いています。私は、少し頭がおかしいのか、雪を見ると多いところ多いところへと足を運んでしまいます。
昨日も、加美町の門沢地区に行きました。私も同じ町に住んでいますが、同地区は、少しだけ山形側に位置するため、私の所よりも雪が多いのが通例です。あるお宅に、お邪魔した帰り、バックで国道に出ようとしたら、右前輪が脱輪。そこは、道ではなく、どうやら畑の一角。4WDだから大丈夫と思いましたが、スコップで、雪を掻き出しても、脱出することが出来ませんでした。近所の吉岡善二さんが、ちょうど、除雪を行うため、トラクターにエンジンを掛けていたところに、助けを求め、車を引っ張っていただき、事なきを得ました。慣れた雪道ですが、侮っていたようです。
吉岡さん、ありがとうございました。
男性は、スーツや紋付きで凛々しく(←少し、やんちゃな格好も含めて)、女性は振り袖で華やかに、皆さん、式に臨んでいました。新成人の皆さんを見ていて、自分の二十歳の時、成人式の時を思い出しました。
高校の頃の放蕩な生活がたたり、二度の受験に失敗し、大学への進学をも諦めようかと考えていた頃でした。当時の、自分は、是が非でも大学に行きたいという目標もなく、さりとて、就職を選択するという気もなく、非常に宙ぶらりんの状態でした。大学生活を送る友人、就職した友人を、羨ましく感じていました。中途半端な自分が成人式に出るのは如何なものかと躊躇しましたが、友人の誘いもあり、結果、出席しました。友人達は、そんな自分の気持ちとは関係なく、普通に接してくれて、友達とはありがたいと、つくづく感じました。
あれから、もう1回の成人式+2年が経ちました。
今日、私は、『失敗してもよい、間違ってもよい、全てに挑戦を』と、話をさせて頂きました。
若い皆さんにとって、初めの一歩を踏み出すことが、全ての可能性の扉を開くことに繋がります。しかし、閉塞感の強い時代において、その一歩を躊躇しがちになってしまいます。失敗することを恐れ、間違うことを恐れ、その時に踏み出さなかったことを、後から後悔してもはじまりません。私は、『倒れることがあっても、後ろ向きに倒れるのではなく、前向きに倒れた』のであれば、それは成果であり、必ず何かを学び、掴み取っているとし、自分の成人式以降、生きて来ました。それは、間違っていないと思っています。このような想いを、新成人の皆さんへのメッセージとしました。
今年も、宜しくお願いします。「明けまして、、」の念頭のご挨拶は、被災地では言いにくいものがあります。でも、後ろだけを見ていては駄目ですので、今年を、『復興元年』に、皆さんと協力して、していかねばなりません。
正月の3日になりますと、例年恒例の年始の行事が始まります。
昨日(3日)は、多賀城市消防団の出初め式、今日(4日)は、塩竃市魚市場の初競りでした。
多賀城市は、あの震災時、海から3kmほどの地点まで、津波が押し寄せました。私は、あの震災まで、多賀城市が海に近いという印象を持ったことが、正直、一度もありませんでした。なぜなら、多賀城の街中からは、一切、海が見えないからです。3月14日、震災から4日たち、多賀城市に初めて入りました。水は引いていたものの、津波が運んだ泥が一面に広がり、倒壊した家、折り重なる車が散乱している状況でした(写真右上)。その中を、消防団の皆さん方は、必死に行方不明者の捜索を、ご自身達が被災者であるにも関わらずに続けている姿に感動しました。他の地区の消防団の方には、津波から避難者を2度まで避難所まで搬送し、3度目に戻らなかった方もいました。昨日の出初め式においては、その活躍に対して、御礼を述べさせて頂きました。
また、今日の塩竃市魚市場の初競りにおいては、いつも以上のマグロが水揚げされました。塩竃市は、一昨年もチリ地震由来の津波のために養殖施設が流されたりして、塩竃の水産業に大きな損害が生じたばかりでした。宮城県には『特3』と呼ばれる大型漁港が、気仙沼、石巻、塩竃とあります。気仙沼、石巻は、あまりにも被害が甚大でした。その一方で、塩竃漁港は、所謂、『松島の島々』が天然の防波堤となり、津波を弱めてくれました。もちろん、塩竃漁港、市場も地震による地盤沈下、津波による浸水がありました。本来なら、これを軽微といってはいけませんが、気仙沼、石巻よりも早急に復旧を遂げました。塩竃の早期の復旧は、宮城県水産業の最期の砦を守ったと言えます。また、津波の被災したエリアは、直線にして500kmと言われていますが、最も、『安全性の高い』漁港であることが証明されたとも言えます。この点を、大いにアピールして、塩竃の漁港の再整備を行っていきたいと考えています。
2008年から大晦日は、大崎市古川城西の国道4号線と347号線の交差点で街頭活動を行っています。「日の出から日の入りまで」(午前7時から午後4時まで)の9時間続けての街頭演説です。
今年で5回目となった大晦日街頭活動ですが、今日は、昨日までの雪交じりの悪天候が嘘のように回復し、これまでの中で、最も天候に恵まれました。
今年は、私たちにとって忘れることができない、また、忘れてはいけない年になりました。
道行く車から窓を開けて、沢山の叱咤激励を頂きました。言葉の一つ一つを胸に刻んで、2012年を迎えたいと思っています。
来る2012年が、皆さんにとって希望に満ちた年であることをお祈りします。
特に、斉藤泰紀と中後淳は、同年代でもあり、政治観、国家観もほぼ同じであり、行動を共にする機会も多い。今の民主党に失望を感じている点では同じであり、端的に言えば、自分も離党予備軍である。
民主党がマニフェストを下ろした時に、民主党所属の議員の一人一人のベクトルがずれだし、迷走をしている。今、民主党は、「約束したことを守らず、約束しないことばかりをする」、言い換えれば、「嘘つき」であるとの評である。1年前まで、民主党の体たらくに有権者の皆さんからお叱りの言葉を頂いたものである。しかし、今は、「あなたは頑張ってね」との言葉。ありがたくもあり、悲しくもある。すでに、民主党は、見限られている。怒りを通り越して、諦めの気持ちを、民主党に持っておられる方々が大半である。
離党した彼らは、諾々と民主党所属の議員という立場で、残りの任期を過ごすのであれば、もう一度、「理想」を掲げ、この国のあるべき姿を示そうと、新たな挑戦を始めたのである。
その一方で私は、与党・民主党に、自分は残らねばならないと考え、今回、彼らと行動を共にしなかった。マニフェストの一つに、「農業者戸別所得補償制度」がある。今、予算措置で行われている制度である。この法制化への道筋をつけなくてはならない。自分は、この制度の担当責任者である。農家の期待があるだけではなく、日本の食糧安全保障の観点より、自分が議員になった第一義的な目的がここにある。さらに、もう一つ、震災の復旧・復興への予算付けである。これだけは、腐っても与党でなくてはできない仕事である。
「理想」と「現実」の狭間で、今、多くの民主党・議員が悩んでいる。自分も、自分自身の課題が解決された時に、彼らと行動を共にしたいと考えている。それは、それ程、遠い未来ではない。
震災以降、津波被害が甚大な沿岸部の対応や、放射能問題に関わることなどに忙殺され、自分が住んでいる加美町の方々とも顔を合わせることが少ない始末。雪が降るあいにくの天気でしたが、昨日は加美町月崎地区を、今日は同漆沢地区に活動報告を持って、訪ねさせて頂きました。
特に、今日訪ねた漆沢地区は、自分の管内でも最も山形県側に近い集落です。毎年、晩秋になると家の1階部分を雪囲いして、冬に備えます。昔は、今よりも雪が多く、1階部分は完全に雪に没し、2階から出入りをしていました。さすがに、今はそれほど降らなくなりましたが・・・。今日、漆沢地区では50cm程度の積雪。さらにこんこんと降る雪に、地区の皆さんは、雪掻きに大忙しでした。
「すばらく、ぶじょほしていで、わるがったですぅ」、「みんすとうは、おごらってばっかりですが、自分のしてだごと書いだんで、よんでけらいん」(「暫く、顔も見せずに、大変失礼をしていました」、「民主党は沢山のご批判を頂いている中ですが、私の(国会で)活動を纏めましたので、どうぞお読み下さい」)と、ご挨拶。皆さんからは、「あれぇー、こんだゆぎんなか、わざわざ」、「テレビで、まえはら、へんなごどいってっど!」(「かえって、大変な雪の中をお越し頂きありがとうございます」、「テレビで、前原政調会長が、自分たちの考えとは違う意見を言っているよ。何とかしろ!」)といった、お励まし、ご叱責を頂きながらのご挨拶廻りでした。
自分は国会議員とは、正しく、「パイプ役」であると思っています。皆さんの考え、意見を集約し、国会に伝える。だからこそ、多くの方々と少しずつでもお話をし、ご意見を頂くことが重要であると思っています。昨日、今日の挨拶廻りの中においても、自分が考えもつかなかった地域興しのアイディアを持っている方と出会いました。年明け早々にも具体的な行動を起こすべきと考えさせられました。
明日も雪のようですが、しっかりと歩きます。
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12月17日、小沢一郎先生が、仙台で開催した私の会合に来てくださいました。ことの経緯は、次の通りです。
今年の夏頃、友人たちへの国政報告会を開かせて頂いたとき、その一人である加藤義一さん(宮城県大崎市在住、アーバンディレクト社長)より、「小沢先生と話をしてみたい」と言われました。その後、小沢先生にお会いした時に、このことを伝えさせて頂いたところ、「分かった。仙台に行くか。」との答えを頂きました。承知して頂いたものの、あまりにも簡単に引き受けて頂いたので、私としては、失礼ながら、「ほんとかな?」と思いました。私は、所謂、「小沢グループ」に所属する議員ではありません。聞くところによると、小沢グループに所属する議員の方々でも、地元へ小沢先生にきていただくのは難しいとのことでした。
しかし、実現することができました。
会は、友人たちや、普段お世話になっている私の後援会の皆さんを中心に約50名の方々に参加して頂きました。ざっくばらんな食事会という企画でしたが、小沢先生が到着するまでは、どこかしら、皆さん、緊張している様子。確かに、それもそうだろうと、私も察することができます。テレビを通して見る小沢先生は、強面の顔で、口数も少ない印象です。私も、お会いする前は、そうでした。しかし、実際、小沢先生は、相対で人と接するときは、笑顔を絶やさず、しゃべりすぎず、しゃべらなさすぎず、それ以上に、「人の話を本当によく聞く」方です。
会に、小沢先生が到着し、歓談が始まると、出席した方、一人一人と話をしておられました。皆さん、政治に対して伝えたいこと、または想いを、小沢先生にぶつけていました。それに深くうなずき、真摯に答えておられました。ただ、「よし、分かった!詳しくは、石山くんに話しておいてくれ!彼を通して実現しよう」との回答も多く、正直、「えっー」と思うことも結構ありましたが。参加した皆さんは、とても楽しい時間を過ごして頂けたと思っています。
「小沢一郎」というと、好き、嫌いがはっきりと分かれるのではないでしょうか。ここで、是非論を長々とは書きません。しかし、これだけは、このブログをお読みの皆さんにお伝えしたいことがあります。
「小沢一郎」は、約束を守る人です。
私が、小沢先生と廊下でお会いする。「元気か?今度、飲みにいこう!」と言えば、誘ってくださる。「仙台に行くから!」と言えば、仙台に来てくださる。些細といえば、些細です。
しかし、今、民主党政権が、何故、ここまで、信頼を失墜させたのか。それは、「約束したことをせずに、約束しないことばかりをしようとしている」からではないでしょうか?
約束を守ってくださる「小沢一郎」は、信頼するに足りる、数少ない政治家です。
13日(火)に、新党大地の浅野貴博議員のお誘いを受け、日本に赴任している若手外交官の方々との交流会に参加しました。参加された外交官は、25歳〜40歳と、自分たちに近い年齢の方々でした。国別で言えば、アメリカ、オーストラリア、ヨルダン、チュニジア、トルコ、ドミニカと多彩な顔ぶれとなりました。
ヨルダンのアリーさん(26歳、男)とは、席が隣だったこともあり、震災の被害状況、放射能の問題等、話をしました。その時に、突然、「TPPはどう思う?」と彼からの質問。自分は、「反対」と答えると、「あれはアメリカの戦略だよね。反対した方が良い」との意見。アリーさん以外の外交官も、そのように見ているようでした。
何にせよ、今回の様な交流会は、自分にとっても初めてだったので、日本をよく知ってもらい、また、他国を知るにもよい機会であったと思っています。長い間、英語を使っておらず、かなりたどたどしくなっていたので、少し訓練が必要とも思いました。
8月9日に、「三党合意」というものが成されました。これは、ねじれ国会の中で、特例公債を通すためには、野党の、特に自民党、公明党の協力が必要であると考えた、当時の民主党幹事長である岡田克也氏の主導でなされたものでした。
野党が「バラマキ4K」と呼ぶ「子ども手当」、「高校の授業料の無償化」、「高速道路の原則無料化」、そして、「農業者戸別所得補償制度」の見直しも含む政策の軌道修正に向けての協議を行うとの合意でした。
しかし、具体的に、戸別所得補償制度に関しては、「平成24年度以降の制度のあり方については、政策効果の検証をもとに、必要な見直しを検討する。」こと、「平成24年度予算のプロセスなどにあたり、誠実に対処することを確認する。」との文言でした。
私は、民主党の農林水産部門会議戸別所得補償制度検討WTの座長として、所属議員の皆さんのこの制度に関する意見を取り纏める役を務めています。今回、11月29日より始まった戸別所得補償制度に関する「三党協議」でしたが、平成24年度予算編成までに、三党が望むような合意を得ることはできないとの判断となり、「決裂」ということになりました。この制度は、平成24年度も、今年度と同様に続きますが、法制化への道筋は大変難しいものとなってしまいました。
私の意見ですが、あまりにも党の政策調査会より、自民党、公明党への働きかけが遅く、端から見ていて熱意や、誠実さが感じられませんでした。この制度は、農業者以外の方から見れば、「バラマキ」と見えるかもしれません。しかし、日本の食料自給率の向上、国土、環境保全という観点からの農村社会の保持には欠かせない制度と思っています。三党間においても、もちろん、考え方の違いは存在しますが、それは決して相容れることができないものではありませんでした。それだけに、一月でも早く協議が開始されていればとの思いが強く残りました。
この中においても、自民党、公明党の議員の方々より、「農政に対する継続的な協議は大切である」との意見を頂き、今回のような協議の場の設置を求めて頂きました。その実現を早急に図らねばと考えています。
11月28日(月)、久しぶりに気仙沼市、南三陸町、石巻市北上町、河北町などの三陸沿岸部の被災地に行くことができました。
気仙沼市の鹿折地区は、地震発生の日の夜より火災が発生した所です。その時、東京に缶詰めになっていた私は、上空からの中継を行ったNHKのニュースを見ていました。暗闇の中で赤々と街が燃えている映像が今でも脳裏に焼き付いています。未だに、鹿折地区では、津波で打ち上げられた船が、そのままとなっており、津波被害の生々しさが残っています。
南三陸町志津川地区(動画;http://www.youtube.com/watch?v=EPNprfaMaGM)は、病院などのコンクリート造りの大きな建物を残し、殆どの瓦礫は撤去されていました。家や商店の基礎だけが残っている景色に、物悲しい気分になりました。
南三陸町の戸倉地区を通り、石巻市北上町の相川、十三浜へと抜けました。北上町と河北町に架かる新北上大橋は、北上川の河口に近いため、ダイレクトに津波が襲い、あれだけ大きな、また、頑丈な橋が一部損壊し、通行止めになっていました。しかし、10月17日より、仮橋が出来たため、通行ができるようになっていました。この橋を渡り、対岸の河北町へと渡りました。
新北上大橋の間近には、たくさんの子ども達が亡くなった大川小学校があります。小学校の前には、墓石が建てられ、多くの花が添えられていました。さらに、東に車を走らせると長面地区です。この地域は、私も国会の質問で何度か取り上げましたが、北上川の堤防が決壊していることと、長面海岸が大きく地盤沈下したことにより、約200町歩の水田が、未だに「海」となっています。この様な状況のため、この地区の被災した家屋は、未だに震災当初のままとなっています。
震災より8ヶ月が過ぎました。地理的な条件や、また、被害の状況の違いによるものも大きいと思いますが、復旧・復興に温度差が出ている感じがします。特に、長面地区の水没している水田は、面積的にも大きく、今後、どのような対応をとるかを、住民、農家の方々に、国も強く示す必要があると感じています。
その中において、気仙沼市本吉町蔵内地区や石巻市北上町十三浜においては、一部の漁港が復旧し、船を出している漁民の方もいました。嬉しいことです。
今、審議している3次補正により、本格的復興のための予算は確保できました。この予算が、円滑に執行されていくことを、私も見続けなければなりません。
今日(21日)、15時30分より、東日本大震災特別委員会で質問をします。今日の午後には、本格的な震災の復興予算となる3次補正が成立します。産業の復興に着目した質問内容となります。
以下、質問原稿の草案です。
民主党・無所属クラブの 石山 敬貴です。
本日は、東日本大震災復興特別委員会での質問の機会を頂き、委員長を初め、委員各位の皆さんに感謝致します。さて、本格的な復興のための予算となる「3次補正」が先ほど、参議院で可決、成立しました。被災地選出の議員として、全ての議員の皆様のご尽力と、さらには、今後、様々なご負担を頂くことになる国民の皆様に、心から御礼を述べさせて頂きます。ありがとうございます。さて、この「本格的な復興予算」に魂を入れるのが、本日から、この委員会で審議される「東日本大震災復興特別区域法案」、略して、「復興特区制度」でしょうか、この制度を初めとする関連法案です。被災地の、私の地元の自治体においても、12月までには、各自治体独自の「復興計画」が纏まります。その過程において、この「復興特区制度」、並びに、復興に関わる3次補正予算関連法案に対して、各自治体、業界団体、さらに被災された個人の皆さんからも、様々な意見や質問を頂いています。本日は、そのような「被災地の声」を平野大臣、並びに関係者の皆さんに、お聞き頂きたいとも思います。
質問1) 平野大臣に対して法案の成立への意気込み
まず、冒頭、平野大臣に、この復興特区制度の重要性や意義に、そして、意気込みをお聞かせ下さい。私は、「復興特区制度」の実行にあたり、心掛けなくてはいけないことが、2点あると考えています。1つは、頂いた資料のにも記載されている「ワンストップ」サービスの確実な実行と、2つは、一つの政策による二重、三重の政策効果を狙うことです。特に、2つめにおいては、被災者の皆さんの「心を鼓舞」することが、最も重要な、狙うべき「政策効果」であると考えています。
質問2) 特別名勝松島のゾーニング
それでは、具体的な質問に入ります。提案されている「復興特区制度」の中には、「土地利用再編の特例」措置が組み込まれています。この特例措置は、例えば、市街化調整区域における開発行為や、または、農地転用等について特例的に許可をし、安全なエリアに住宅の集約を行ったり、また、飛び飛びになっている農地を集積したりと、既存の土地のゾーニングに囚われずに、「防災」と「産業の効率化」に資する被災地の街作り、地域作りを行うための制度であると認識しています。しかしながら、資料1をご覧下さい。この地図で示した地域は、宮城県のほぼ中央部、仙台市から見るとすぐ東側に当たります。具体的には、「日本三景」の松島、日本有数の漁港である塩竃、また、仙台港周辺の工業地帯を有する多賀城など含んだ地域であり、宮城県の観光、商工業、水産業の中心地です。もちろん、甚大な津波の被害を受けました。さて、これから各自治体の「復興計画」に基づき、被災した住民の皆さんの「高台移転」を行うに当たって、障害となっていることの一つに、一般的な土地のゾーニングの他に、この地域特有の土地利用規制があります。それは、松島の景観を保護するための「特別名勝松島」という規制です。もちろん、宮城県の貴重な観光源である松島の景観を守らなくてはなりません。しかし、被災した住民の皆さんを、安全な場所、高台への移転をも、行わなくてはいけません。これまでも、私自身、文化庁との協議を行ってきました。今回の「土地利用再編の特例」措置にも鑑み、文化庁から、この「特別名勝松島」という、ある意味特殊な土地利用規制に対しての扱い方、方針を聞かせてください。
質問3) 復興住宅建設への国産材の使用推進に関する質問
(ありがとうございます。今、お話があったように、松島の景観を守りつつ、住民の皆さんの安全を確保することが重要です。)さらに、松島の景観を守り、被災者の方に夢をもって暮らして頂くこと、さらに、森林業の振興をも目的として、国産材を使用した復興住宅の建設を推進すべきです。(これは、先般の本会議においても、谷委員より指摘があったことでもあります。)(松島に観光に来てくださった方々が、『あの様な家を建ててみたい』と、思うような復興住宅にすべきただと思います。)林野庁の、この点に関する考えを聞かせてください。(是非、お願いします。)
質問4) 塩竈市新浜町 水産加工団地の地盤沈下の問題
被災地の復興に、「産業の復興」が欠かせません。しかし、塩竈市にある水産加工団地は、工場の再開を諦める経営者が続出しています。再開に向けた厳しい資金繰りだけではなく、「液状化による激しい地盤沈下」のためです。資料2をご覧下さい。この地区にある水産加工工場の写真です。地盤沈下の酷いところでは、約1mも沈んでいます。また、ある蒲鉾工場では、写真の様に、工場内が寸断されてしまいました。このような地盤沈下が激しい地区で、期待されているのが、今回の「復興交付金」の対象となる40事業の一つである「液状化対策事業」です。私の聞き及んでいる限りでは、道路などの公共施設は、公費であるものの、さらに公共施設に対して、周辺民地と一体的に行った方が効率的、効果的と判断された時は、民地であっても一部公費で行うとのことですが、その詳細を聞かせてください。
質問(要望)5) 企業の防災対策に関して
次に、資料3をご覧下さい。震災直後の、仙台港の近郊、多賀城市の工業団地の様子です。この地域は、様々な製造業を中心とする会社が林立していました。そのため、例えば、仙台港の「コンテナ」、あるガス工場で生産していた「ガスボンベ」、または、工場の製品を輸送するための「トラック」、積み出し前の「乗用車」などが、一気に津波で流され、それが民家など他の建物に突き刺さり、被害が玉突きで拡大しました。今回、「中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業」では、グループ化した被災企業に対しての再建支援を行っています。これは、2次補正予算の予備費も投入され、多くの被災した企業経営者の皆さんの希望となっています。この考えを拡大し、「企業が独自の津波・地震を含めた防災対策」を取る場合においても、支援策を講じるべきです。今、津波が襲った地域では、この多賀城だけでなく、企業の流出が起きています。将来的な防災対策への支援を行うことにより、企業の流出を留めるだけではなく、被災地への新規企業の進出を促す、切掛けとなります。
質問(要望)6) 石巻市河北町 長面の水田
さらに、私の意見ですが、今回の復興予算及び、この特区制度を活用していくにあたり、最も「困難」と思われるところ程、精力的に取り組んで頂きたいと思います。放射能に汚染された農地等は別として、私が見させて頂いた農地の復旧で、最も、困難な課題になると思われるのが、石巻市河北町 長面地区の水田です。(沢山の子ども達が亡くなった大川小学校の近くにあたります)。資料4をご覧下さい。(2010年6月と2011年3月の写真の比較。さらに、7月の写真の説明。)。北上川の堤防が決壊したこと、さらに、海岸沿いの地盤沈下のために、3年前ほどに基盤整備が終わったばかりの、換地も済んでいない水田200 haが水没しました。農水省の話では、80 haは、今もって、目途が立たないとのこと。勿論、この地区の農業者の方々との話し合いや、希望に添う形を求めなくてはなりません。例えば、「国による買い上げ」などのドラスティックな対応をとるという姿勢を示すということも大切ではないでしょうか。
質問(要望)7) ワンストップサービスへの提言
最後に、復興庁の体制に関わる要望ですが。今回の質問も、当然ですが、質問通告を行いました。各省庁の皆さんが、来て下さいました。その時、会話として、「この質問事項は、どこ?」とこちらが言えば、「それは、私どもの省ではありません」、「それは○○省××局です」などとなります。私たちは、いいです。しかし、創設される復興庁の最大の売りは、「ワンストップ」です。同じことを、被災地の皆さんにしたら、「一発アウト」ではないでしょうか?「ワンストップ」サービスというのは、「言うは易く、行う難し」の代表例です。(ある被災地の市長が話しておられました。権限も、予算も、従来通りなら、復興庁には行かずに、各省庁にお願いする、多分、従来通りになるよと。)。是非とも、平野大臣には、リーダーシップのある復興庁を創設して頂くことを強くお願いして、本日の私の質問とさせて頂きます。ありがとうございました。
西岡武夫参議院議長の突然の訃報に驚いています。
議長とは、7月に仲間の議員と一緒に、会食をさせて頂いたばかりでした。小柄ながらも、溢れる気骨と、それでいて人を包む暖かさを持った方で、若輩の私が申すことでもないのでしょうが、「数少ない尊敬できる政治家」の、お一人でした。
「これを機に、みんなで勉強会をしようか」とのお誘いを受けていました。混沌とした日本の状況と民主党の為体を憂えておりました。
私も含めて若い議員で議長の意志を受け継がねばと思っています。
心よりのご冥福をお祈りします。
1日(火)に、多賀城市の市制施行40周年式典が開催され参加させて頂きました。
3月11日の津波により大きな被害を受けた多賀城市ですが、一見、街も整然とし、平静を取り戻しているように見えます。しかし、まだまだ、不自由な仮設住宅で暮らしている方、企業の再建で悩んでいる方、来年の作付けに不安を頂いている農家の方等、まだまだ、目に見えぬところで不安を抱えて暮らされています。歴史の街、多賀城であることも踏まえ、少しでも「元気」がでることをと思い、下記に掲載し祝辞を述べさせて頂きました。
多賀城市 市制施行40周年記念式典 祝辞
多賀城市40周年記念式典の開催、誠におめでとうございます。
現在の菊地健次郎市長を初め歴代いの市長の皆様と全ての多賀城市民の皆さんが一丸となって、営々と築き上げてきた多賀城市の40年の歴史ではないでしょうか。
しかしながら、悲劇は、私たちを襲いました。3月11日です。多賀城市においても亡くなられた方、未だに行方が分からない方が、いらっしゃいます。改めまして、心から哀悼の意を捧げさせて頂きます。
私自身も、震災間もない3月15日に、市役所に車を停めさせて頂き、八幡(やわた)から45号線を横切り、産業道路沿い、そして工業団地を通り、仙台港まで歩きました。津波のために倒壊した家屋や工場、折り重なる車。その中を、自衛官、警察官、消防士の皆さんに加え、行方不明の方を捜索する消防団の皆さん、交通整理を行う指導隊の皆さん、水や食料を避難所に運びになれる市民の皆さん、徹夜で情報収集に当たられていた市役所職員の皆さん。私が見させて頂いたのは、絶望の中からも、市民の皆さんがお互いを労り、助け合う絆の強さと、ふるさとを想う市民の皆さんの愛情でした。
まだまだ、仮設住宅で不自由なお暮らしをされている皆さん、会社を流され再建にご苦労をされている経営者や従業員の皆さん、津波の塩害のために今年の作付けを諦めてしまわざるを得なかった農家の皆さん、様々なご苦労を、心労を背負われている沢山の方々がいらっしゃいます。私たち国としましても、11月10日を目途に、本格的な復興のための予算となる3次補正を審議しております。その中には、大切な家を失われた方のための復興住宅の建設、地震のため地盤沈下をしてしまった土地の嵩上げのための費用、中小企業の経営者の皆さんが復興に弾みとなる支援、さらには、今回、多くの命を救った東部道路に、防災の目的も含めて、市民の皆さんから要望の強かったインターチェンジの建設のための予算等を盛り込んでいきたいと考えております。
遠く古代に思いを馳せたとき、「遠の朝廷(みかど)」と呼ばれた奈良朝時代より少なくとも500年、東北の中心であり続けたのが、ここ多賀城の地であります。私の敬愛する作家である盛岡市在住の高橋克彦先生も、氏の作品の一つ「火怨」では、坂上田村麻呂とアテルイの戦いを、また別の作品の「炎たつ」では源義家と阿倍貞任の戦いをそれぞれ、ここ多賀城を舞台として書かれております。これらの出来事は、私たちの日本の歴史の転換点になり、多賀城の名とともに未来永劫語り継がれることです。
あの地震や津波を、望んだ人は、もちろん、一人もおりません。普段の生活を、何気ない幸せを、一瞬にして奪っていった憎むべき厄災でありました。
しかし、市民の皆さん。
東北の歴史を背負ってこられた多賀城の皆さんであるからこそできることがあると、私は信じております。多くの無垢な命を奪ったあの災害の記憶を伝え、防災の重要性を、命の大切さを、私たちの子供たちや、孫たちに、新しい日本の歴史として伝えていって頂きたいと、私は、皆様に強くお願いさせて頂きます。
40歳を迎えた多賀城市にとって、今日11月1日が復興への起点となることと、今日、ご参集の皆さん、さらに、おいでくださることができなかった多賀城市の全市民の皆さんの、今日よりの改めての、ご多幸、ご健勝をお祈りして私の挨拶とさせて頂きます。
本日は、誠におめでとうございます。
平成23年11月1日 衆議院議員 石山敬貴
昨日の内閣委員会での質問の議事録ができたので掲載します。
荒井委員長
荒井委員長
次に、石山敬貴君。
石山委員
民主党・無所属クラブの石山敬貴です。
本日は、内閣委員会で質問の時間をいただきました。委員長、各委員の皆様に感謝いたします。それでは、早速質問をさせていただきますが、本日は、原発由来の放射能問題にかかわることを中心に質問させていただきたいと思います。先日の当委員会におきまして、細野大臣の演説の中でこういう言葉がございました。放射能に汚染された廃棄物や除染により生ずる土壌を一定期間保管するための安全な施設の確保に向けて、10月中にロードマップを策定するとおっしゃっていただきました。まず、最初の質問ですが、非常に雑駁な質問でありますが、このロードマップというものはいかなるものか、その概要をお聞かせください。
細野国務大臣
今月中にお示しをしますロードマップでございますが、これは、まず基本的な対象として、仮置き場と中間貯蔵施設についての基本的な姿をお示しするというものでございます。皆さんに仮置き場というものがどういったものなのかということについてなかなか御理解をいただけない部分もありまして、ここは我々の至らなかったところでございますので、安全に仮置きをできる施設はこういうものなのではないかという提案をいたします。さらには、仮置き場をお願いするからにはどれぐらいの期間なのかというのをお示ししなければなりませんので、その期間についても明示をしたいと思っております。そして、もう一つ悩ましい中間貯蔵施設でございますが、福島県民の皆さんには大変申しわけないんですけれども、放射性廃棄物の今の量を考えると、一定の期間は福島県にこの中間貯蔵施設をお願いせざるを得ない状況でございまして、安全にしっかりと保管ができ、減容の技術などについてもしっかりとそこでさまざまな取り組みができるような、そういう施設をつくりたい、つくらせていただきたいと思っております。その姿を今度のロードマップではお示しをするということでございます。現在、専門家はもちろんですけれども、さまざまな皆様と相談をしながら最終調整に入っておりますので、ぎりぎりになるかもしれませんけれども、月内にはお示しをしたいと考えております。
石山委員
重ねて大臣にちょっとお聞きしたいんですが、では、示されてくる仮置き場、中間施設の具体的な場所というものまで御提示されるんですか。それとも、こういう場所ならいいよという概念的なものを例えば都道府県とか地方自治体に出すということなんでしょうか。
細野国務大臣
まず仮置き場ですけれども、これは1カ所につくるというものではなくて、それぞれの市町村に適切な場所につくっていただく。町に一つというところもあろうかと思いますし、もう少し広い自治体では何カ所かつくっていただかなければならない可能性もございます。現在、それぞれの市町村ごとにさまざまな取り組みをしていただいて、私どもも説明に回っているところでございますが、それぞれの地域によって置き場所は異なります。したがって、ロードマップの中で特定の場所について指定をするという種類のものではないと考えております。一方で、中間貯蔵施設につきましては、これは福島県内でいうならば、かなりの大きさになりますので、安定的にしっかり貯蔵するという意味で、やはり一カ所に限定をしていかなければならないというふうに思っております。ただ、まだ場所を特定できるだけの調整が終わっておりません。ですので、まずは国としての考え方、施設の性格というものを明確にお示しして、その後、どこに置いていただけるのかということについての御相談をさせていただきたいと思っております。
石山委員
ありがとうございます。大臣は、重々御承知、御案内のことだと思って、釈迦に説法でございますが、私がこのような質問をさせていただいている理由というのは、まさに放射能汚染されました廃棄物、土壌を一定期間保管する場所というものをまず早急に確保することが、被災地の産業の復旧、復興であったりとか、また、被災地の住民の方の健康被害を防止することにもつながりますし、そして何よりも、やはり日常の生活の安心を回復していくことに一番重要なことと考えて、きょうのまず冒頭に今の質問をさせていただきました。そして、きょうの質問の後段で触れさせていただきますけれども、今回の放射能問題で2点目として非常に重要なことと自分が考えていることは、つまり、国民の皆さんに放射能に対する正しい知見というものが伝わっていないといったことがあります。その情報をもう一度改めてしっかり出していただきたい、そういうふうな内容の質問をさせていただきたいと思っております。特に、情報に関してもですが、私ももともと理系畑の人間でしたが、正直、ベクレルだ、シーベルトだといったような単位を聞いても、もう完全に忘れていまして、大学のころに使った昔の専門書をひっくり返して見ていたといったような状況でございます。現在、食品におきましても、セシウム134、137、沃素131に対してそれぞれ基準値というものを決めておりますけれども、多くの方々が、それがどういったものかをなかなか御理解できない。もし仮にセシウムや放射能に汚染されたものを自分が食べた場合に、内部でどのくらいの被曝をするのかといったような、だれもが知りたいと思っているようなことに関しても十分に伝わっていないという現状が、さらにこの放射能問題を大きくしているのではないかというふうに考えております。皆様に資料を三枚ほどお配りさせていただいているんですが、ちょっと資料一をごらんになっていただきたいと思います。私は、今、その二つのことが典型的な実害としてあらわれている一つの例が、被災地で生産された枝肉の相場観だと思っています。このように、グラフを見ていただくとわかりますとおり、7月になりまして、福島、宮城というふうな形で、汚染されたわら、汚染された枝肉が発見されました。そこから現在まで、全国的にも20%以上、また、被災地である、放射能汚染が見つかっています宮城県については三割ほどの枝肉の低下というものが見られます。これはA5と言われる霜降り肉のいわゆる最高級肉であって、この価格というのはもう農家にとりましては採算性が全く合わないといったような価格になっております。これのまず1点目の原因というのが、つまり、今、枝肉の卸の業者さんが倉庫に大量の滞留した枝肉を抱えているといったことがあります。現在、宮城、福島、岩手に関しましては、しっかりとした放射能の全頭検査、全戸検査と言われる検査をすべて枝肉に関しては行っています。ですから、このような検査以降の流通している枝肉というものに関しましては、放射能、特にセシウムに関する不安というものは全くございません。すべて基準以下であるということが言えるわけです。問題になるのはここでして、原発発生以降から検査体制がとられるまでの間の枝肉は、いわゆる放射能、セシウムが中心になると思いますが、これを含有しているのか、していないのかというのが不明なわけです。ですから、消費者の方々はそれをすべて、ほとんど卸の方に返品されて、今、卸の方の冷凍倉庫には二度と店頭に出すことができない在庫として眠っているような形になっているといったようなことがあります。これも、はっきり言えば、処分地というものがほかにないからこのような状況になっているということです。ちょっと農水省にお聞きしますけれども、その後、倉庫に滞留してしまった枝肉というのはどうなっておりますか。
荒川政府参考人 (農林水産省)
お答え申し上げます。今先生のお話にございましたように、汚染稲わらを給与された牛の牛肉につきましては、8月5日の私どもの対策の中で、消費者の不安を払拭する観点から、すべてこれを隔離いたしまして処分するという形でやらせていただいております。現時点までで、九月末時点のデータでございますけれども、対象牛肉156トンを市場から隔離いたしておるところでございます。これにつきましては、倉庫に入っていること自体がまさに滞留しておるということになりますので、順次、これを焼却なり、埋却なりをして処分を進めていきたいと思っております。いろいろ関係方面と御相談をさせていただきながら焼いたり埋めたりをしておるところでございます。現時点で、このうちの約十トンの処分が終わったという状況でございます。
石山委員
申しわけありませんが、1カ月前と変わらない状況で、結局は、焼却、埋却したいといっても、やはりほかに移す場所がないという現実がここにある。ですから、今の枝肉の話ですと、まず、卸の方が余分に買いたくたって、置く場所がないから買えない。ですから、このような値崩れになっているといったようなことが言えます。また、これは地元の農家の方々のことでございますけれども、資料2を皆さん見ていただきたいと思います。やはり、放射能物質で汚染された物質の保管場所がなく、例えばセシウム汚染が検出されてしまった稲わら、またはそれを食してしまった牛や豚から出てしまった堆肥というものが今農家の庭先にこのように山積みになっています。特にAの写真を見ていただくとわかりやすいのかなと思いますけれども、これは1つのロールが大体100キロから150キロぐらいのワンロールです。これが宮城県に43,000個あるというふうに言われています。トン数にして4,000トンから4,300トンいうことで、これもまた、先ほどと同じように、ほかに移す場所がなく、農家の庭先に、そのままたなざらしになっているといったような状況ですし、また、Cの写真を見ていただくとわかると思いますが、同じく堆肥もこのように野積みにされたままといったような状況でございます。これに関しましても、環境省からはある程度の基準が出ていたわけですけれども、改めてお聞きします。今、基準値というものはどうなっているのか、またこのような指導というのはどのようになっているのか、簡潔にお願いいたします。
伊藤政府参考人 (環境省)
環境省におきましては、放射性物質に汚染されたおそれのある廃棄物についての処分方法について、安全評価検討会を設けまして検討してまいりました。その結果、8,000ベクレルを下回るものについては一定のバグフィルター等を備えた焼却炉であれば焼却をしても大丈夫だ、こういうふうなことで結論を得ているところでございます。
石山委員
全く、環境省の指針としては、8,000ベクレル以下であれば一般廃棄物として同様に扱ってよいという方針だということでございます。全く、それはあくまで方針でございまして、では現場はどうなっているかといったようなお話をさせていただくと、これまでも自治体ごとに、例えば宮城県に登米市というところがございます。そこの登米市におきましては、県と登米市が協力しまして、この稲わらや堆肥の一時保管場所というものを確保しましょうということで、全部で四十四棟のパイプハウスをつくって、そこに保管するようなことを今進めているといったことです。しかしながら、まだ十四棟しか計画が立っていません。その前に、先ほど農水省からありましたが、枝肉を焼こうとしているんだというところでとまっているわけですが、やはり登米市におきましても、焼却できないかということで、試験焼却を行ったといったことがありました。しかしながら、両方とも話が余り進んでいっていないという現状があるのは、住民の方々が、やはり自分の近くでそのような物質をためておくのはちょっとね、焼かれては困るといったようなことです。そして、なぜだめかといったときに、先ほど細野大臣からは、ロードマップの中でいつまでといったことも明示しますよといったことは、これは非常にありがたいことでございまして、一たん置かれたらいつまで置かれているのかわからない、または、放射能について、どういうものなのかという説明も国から全くされたことがないよといったような住民の方々の声というものがございます。ですから、冒頭言わせていただいたときに、もう一つのポイントとして、枝肉の価格が推移しているのは、これはもう今さら言うことではありませんが、風評被害でございます。この二点目の原因としては、私は、やはり放射能の知識というものをもっともっとわかりやすく国民に伝える努力というものを、政府または各関連省庁にしていただきたいというふうに強くお願い申し上げます。ちょっと手前みそになりますけれども、また少し正確でないところもあるかもしれませんが、資料3番をごらんになっていただきたいと思います。私の地元でも、特に小さいお子さんを持つお父さん、お母さんなどは、子供たちに対してきちんと自分たちが、今この地でとれたもの、例えば宮城では宮城でとれたものを食べさせていいんだろうかといったような不安になっておられるわけです。そのときに、資料の一つとして私がつくっていって、皆さんに見せながら御説明させていただいているのがこの資料三になってまいります。例えば、私たちは、当然、空から宇宙線としても、地表からも放射線というものを常に浴びています。いわゆる外部被曝というのは自然界においてもあるわけです。また、内部被曝におきましても、もともとありますトリチウムやカリウム40、または炭素14といった、原発事故と全く関係ない放射能物質というものがあるわけです。ですから、そのようなものから受ける内部被曝というものは、1,650マイクロシーベルトあるよと。例えば、では、25ベクレル検出されたお米を毎日、日本人の平均である年間六十キロぐらいとったらどのくらいになるかといったら、これは換算の仕方というのはいろいろあるみたいですが、私の場合、50年間で18マイクロシーベルトぐらいと。牛肉だったら、限界値ぎりぎりの500ベクレルというものを一年間食べたらどのくらい内部被曝するのかといったら、39マイクロシーベルト、50年間といったように、常に自然界からある1,650マイクロシーベルトから比べたらほとほと低い数値じゃないですかといったようなお話をさせていただいております。ですから、こういうような特に食品にかかわる基準値というものを、しっかりとした形で厚労省またはその担当から出していただくということはできないのでしょうか。これも随分、2カ月ぐらい前から私も各部分で依頼していた部分ですが、ちょっとお答え願います。
三浦政府参考人 (厚生労働省)
今、先生の方から内部被曝のことについて御指摘いただいたわけでございますが、私どもも、審議会で検討いただきまして、その暫定的な推計値というものも計算して、その結果、年間の線量というのは平均的には0.1ミリシーベルト程度であるということで、自然の放射性物質の摂取による平均的な値、0.4ミリシーベルトと比べても大きくないというような値を得ているところでございます。今御指摘いただきましたように、これらについては積極的に国民の皆様方にわかりやすくお伝えしていくということが重要だと考えておりまして、そのような結果も含めまして、国民の皆様への説明会の開催あるいはホームページ等を活用した情報提供などに努めてまいりたいと考えております。
石山委員
そうですね、とにかくわかりやすく。例えば、この前の細野大臣の冒頭の所信の演説の中にも、今、福島原発はおさまっているんだといったようなお話がありました。しかしながら、私どもの地元に戻っていろいろな方々とお話ししますと、やはりいまだに、新しい放射能、いわゆる今も福島からどんどんどんどんと放射能が漏れ出していて、空から降ってきているといったような誤解をされている方もいらっしゃいますし、全く自然界には放射能というものはもともとなかったんだといったようなお考えの方もいらっしゃいます。これは当然なことだと思います、何も今までそういうことを我々は触れることがなかったわけですから。ですから、本当にわかりやすいような形で、そして、ホームページとかというのは、やはり見る人は見るけれども、見ない人は見ないわけですから、できるだけ何らかの方法で、広く、特に消費者の方々に知らせていくことが、実際、このような産業被害が今の二点のことでも出ているわけでございますので、よろしくお願いいたします。細野大臣にはそのロードマップ、私ども非常に期待しておりますので、しっかりしたものを、お作りいただくことを最後にお願いさせていただいて、私の質問とさせていただきました。きょうは、本当は経済産業省、あと環境省、もう一問ずつ質問したかったのですが、できる時間がなかったので失礼させていただきます。ありがとうございました。
荒井委員長
私からも細野国務大臣にお願いします。内部被曝なり、食品の被曝状況というか放射線状況というのは、誤解されている向きがたくさんありますので、わかりやすい政府の資料というものをぜひつくられるように提言をいたしたいと思います。
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今回の臨時国会より、今までの、農林水産委員会に加え、内閣委員会にも所属することになりました。今日の午前11時から20分間、内閣委員会において質問をさせて頂きました。
テーマは、「原発事故関連」で、「放射能汚染された物質(土壌、農産物等)の仮置き場、最終処分を早期に確定すること」と、「放射能に関する知見を周知すること」として、質問というよりは、要望という形の強い発言になりました。原稿を、以下に記載します。
民主党・無所属クラブの石山敬貴です。
本日は、内閣委員会で質問の時間を頂き、委員長、委員各位に感謝します。
それでは、早速、質問に移らせて頂きます。
先日の当、委員会におきまして、「細野原発事故の収束及び再発防止担当大臣」の所信演説の中で、放射能に「汚染された廃棄物や除染により生ずる土壌を一定期間保管するための安全な施設の確保に向けて、10月中にロードマップを策定します」と発言されました。
1) まずは、雑駁な質問ではありますが、この「ロードマップ」とはいかなるものでしょうか?概要をお聞かせください。
細野大臣答弁
私が、このような質問をするのは、まさに、放射能に「汚染された廃棄物の土壌を一定期間保管する場所を確保」することが、被災地の産業の復旧・復興、また、被災地の住民の健康被害を防止すること、さらに、生活の「安心」を回復することに、最も重要なことの、第1番目と考えるからです。そして、2点目として大切なことは、「放射能に対する正確な知見を伝えること」です。多くの国民の皆さんは、放射能に対する知見を持ち合わせていません。私も理科系の人間でしたが、それを専門としていたわけではありません。食品に対して、Cs134、Cs137、I131といった放射能の暫定基準値は定められています。しかし、放射能に汚染されてしまった食品を食べた場合、「内部被曝はどうなのか?」といった、誰もが知りたいと思う知見すが正しく伝えられていないのか、または、伝わっていないのが、現状です。
それが、この2つの問題点が、典型的な実害となって現れている例の一つが、現在の「和牛の枝肉の価格」であると、私は考えています。
資料1をご覧下さい。東京食肉市場における牛の枝肉価格の推移を表したものです。A5というのは、所謂、「霜降り」の最高級品の肉です。これが全国的にも価格が下がっていますが、さらに、セシウムに汚染された枝肉を出してしまった宮城県では、3割近くも値が下落した状況となっています。その理由は、2点あると考えられます。
まず1点目は、卸業者が所有する倉庫に滞留した枝肉の存在です。現在、宮城、福島、岩手を初めとする各県において、出荷される枝肉は、全頭検査、または、生産農家の全戸検査に供されています。検査以降に流通している枝肉に関しては、セシウムに対する不安はありません。全て基準値以下です。しかし、原発事故発生以降で、検査が実施される前に出荷された枝肉は、セシウムを含んでいるか、いないのか、不明なものです。汚染された枝肉の存在が判明してから、放射能含有が不明なこれらの枝肉は、卸業者に次々に返品され、「二度と店頭に出せない在庫」として、卸業者の冷凍倉庫に保管されたままになっていました。
2) 農水省に聞きます。今後、この卸の業者に眠っている枝肉は、その後、どうなっているのでしょうか?現況をお聞かせください。
農水省答弁。
以前と変わりないですね。
この売り物にならないと考えられる枝肉が、倉庫に保管されたままなのか?、焼却も、他に保管する場所も不明瞭なままだからです。冷凍倉庫が一杯になっているため、当然、卸業者は、枝肉を余分に買うことはできません。価格が下がるのは当たり前です。
また、汚染された稲藁や堆肥も、「返品された枝肉」と同様の理由で、農家の庭先に滞留したままとなっています。
資料2をご覧ください。
(このように、庭先に稲藁、積まれています。堆肥もあふれんばかりとなっています。さらに、私の後輩たちが所属する東北大学乗馬部においても、馬の堆肥より基準値以上のセシウムが検出され、持って行く場所がなく、そのままになっています。)
3) 環境省に改めて聞きますが、これらの汚染稲藁、堆肥の処分に関して、如何基準で、方針を示しておりますか?
8,000 Bq以下の稲ワラは一般廃棄物と同様に、堆肥は、400 Bq以下なら田圃に鍬混んで良いと指針ですが、農家の気持ちとして、自分の田や畑に鍬混むこと、絶対にしたくありません。農家は、「土」を大切にしているからです。また、2,000 Bq/kg以下は、子牛に食べさせてもよい規定になっていますが、もちろん食べさせる繁殖牛農家はいません。
宮城県においては、(資料2 Aの写真が分かりやすいと思いますが、稲藁、100kgを1ロールとしています)、約43,000個の汚染された稲藁があります。この処理において、宮城県登米市においては、市内の9ヵ所に、44棟のパイプハウスを建てる予定でいますが、まだ、14棟しか決まっていません。県内全部の稲藁を一時保管するためには、約100棟ほどのパイプハウスが必要となります。また、汚染された稲藁を、集塵フィルター付きの焼却炉で焼こうとしたところ、近隣住民の反対で、中止となってしまいました。一時保管のパイプハウス建設や、稲藁の焼却に反対した住民の方々は、「一度置いたら、ずっと、置かれたままになるのではないか?」、「自分たちの健康にどのような害が出るか分からない」といったこと訴えられています。これらの苦情に対して、市や県の関係者も、「国から明確な指示が出ていないから」と答えるしかないそうです。この問題も、結局は、「汚染物質の保管場所が未決のこと」、「放射能に対する知見の不徹底」が理由で引き起こされていると感じます。
さらに、いかに「放射能に対する知見が不徹底」かを示すことがあります。細野大臣の所信表明演説の中で、福島の第1原発では「放射性物質の放出が管理され、放射線量が大幅に抑えられている状態」になっており、「放射性物質の放出量は事故時の約800万分の1まで低下しており、これによる敷地境界の年間被曝線量は、最大で0.2 mSv」であると言っておられます。このような現況すら正しく認識されていません。今も、多くの方々が、空から新しい放射能が降ってきていると思っており、「雨の日は気をつけなくてはならない」と言っている方も、まだまだ多いのが現実です。
ましては、「食べ物」に対しては、不安は大きいものがあると感じます。小さなお子さんをお持ちのお父さん、お母さんなら、なおのことです。
資料3をご覧下さい。私が食べ物の放射能に対する不安をお持ちの方々への説明に使っている資料です。
私たちは、放射能フリーの環境下に生きているわけではありません。宇宙線や地表からの外部被曝を常に受けています。大理石は、放射線を発する量が多いと聞きました。国会内にいると被曝量も増えるそうです。資料3に示しましたが、空気中や自然界に存在する放射能が食品にも含まれているために、それらによる内部被曝が、世界平均で1,650μSvです。(日本平均では、この値より低いが、、、)。
仮に、25 Bq/kgの米を、1年間の平均消費量である60 kgを食べるとする。1日、約150 g、1合ほどになります。換算すると、50年間で、約18 μSvの内部被曝となります。別の例として、基準値ぎりぎりの500 Bq/kgの肉を、1年に日本人が食べる6 kgを、1回に150 gづつ、40日食べた場合は、50年間で39 μSvの内部被曝となります。世界平均の1年間の自然被曝量の1,650 μSvに比べて、随分低い値ではないでしょうか?
消費者の方々に、「安心」して貰うことが「風評被害」の払拭に重要です。しかし、「安心」は信条の問題もあります。しかし、「安全」基準をもっと分かりやすく伝えることができるはずです。
4) 厚労省に質問します。実際の内部被曝の計算は、複雑極まりないことは承知していますが、もっと消費者の方々に、食品と放射能の関係を分かり易く伝える努力をして欲しいと思いますが如何ですか?
厚労省答弁
まとめますが、「放射能に汚染されたものの処理」と「放射能への正確な知見」を知らせる努力をお願いします。特に、放射能に汚染されたものの処理に関しては、稲ワラや堆肥だけの問題ではありません。学校の校庭の除染した表土、放射能が濃縮した汚泥などなど、処理の場所を決めなくてはなにも進まないのが現実です。10月内に定めるとお約束頂いている「ロードマップ」では、それを明記するだけではなく、待ったなしで、実行に移すこと、そして、現場に、決められた方針が伝わっているかを常に確認することを強く要望いたします。
細野大臣、お願いします。
10月16日(日) 陸上自衛隊大和駐屯地において創立55周年の式典が行われ、参加させて頂きました。自衛隊の皆さんには、震災以降、人命救助、支援物資の搬送等で、大変な活躍をして頂きました。
私よりも感謝の言葉としての祝辞を述べさせて頂きました。今後も、日本の国防、災害支援にご尽力を頂き、日本人の生命、財産をお守り下さい。
平成23年10月16日
感謝の言葉 ―大和駐屯地 創立55周年 式典―
本日は、大和駐屯地 創立55周年の式典の開催、誠におめでとうございます。
本年の3月11日、私たちは、今までに経験したことがない規模の東日本大震災に見舞われました。今の時点で、お亡くなりになられた方が15,827人、行方不明の方が3,884人、おられます。犠牲になられた皆様に謹んで哀悼の意を捧げます。
今、ここに集結されている大和駐屯地の隊の皆様においても、お身内の方を、また親しい友人・知人を失われた方もいたのではないでしょうか。それにも関わらず、自衛官の皆様には、陸・海・空、併せて10万人という態勢で、さらには、自衛官OB、OGの隊友会の皆様の、発災時より速やかなる、かつ、献身的な行動による、捜索・救助活動、生活支援、救援物資の輸送等に、全力を尽くしていただいたことは、全ての日本人の心に焼き付いており、未来永劫、語り継がれることでしょう。
私自身も震災生々しい被災地を廻らせて頂いた時に、被災された家の壁、または、道路脇に掲げられた横断幕、または、看板に、「自衛隊の皆さん、ありがとう」の文字に、被災地の皆さんの全ての感謝が凝縮されていると強く感じました。この晴れの式典の場ではありますが、私よりも感謝の言葉を述べさせて頂きます。
ありがとうございます。
また、私自身、仙台の蒲生地区を訪れたときに、皆様、自衛隊の方々が合掌している場面に出会いました。言葉にならない苦しみ、痛みを抱えながら任務に従事しておられた自衛官の方もいられたのでは、と感じております。国としても、皆様が全力もって、国防、そして、今回のような災害支援に当たられるように、健康管理、および、メンタルヘルスに関わる施策を実行していく所存でおります。
最後に、本日、この場にお集まりの全ての皆様の、ご多幸、ご繁栄を祈念させて頂き、私の挨拶とさせて頂きます。
本日は、誠におめでとうございます。
衆議院議員 石山 敬貴
今回の震災で、多くの地域で地盤沈下が見られます。一部では、沈下した地面の嵩上げが始まっていますが、まだまだ手つかずの状態です。
その中でも特に地盤沈下が激しい塩竃市新浜町を訪れ、調査をしました。この地区は、塩竃の産業の中心である水産加工業が集中してある場所です。もともと地盤の不安定な埋め立て地であったのに加え、地震のために激しい地盤沈下が起きています。毎日の朝夕の満潮時には、道路の一部が冠水し、通行することができなくなります。
また、先般の台風15号の際も、このような地盤沈下が起きた地域は、冠水による被害が大きくなってしまいました。次の臨時国会において編成予定の3次補正では、地盤沈下対策が大きく盛り込まれます。
*塩竃漁港の岸壁近くの冠水の様子(http://www.youtube.com/watch?v=flSYervPoco&feature=channel_video_title)
先日、このブログの「議員の生活」の中で、地元を中心に、各自治体や各団体等からの「陳情・要望」を受け入れ、公益性が高い案件に関しては、実現に向けて活動することも議員としての役割であるとのことを、書かせて頂きました。さらに、この2年間で要望を受けて実現できたこと、また、現在進行中の課題なども書きましたが、その中に、三陸道の「多賀城インターチェンジの建設と4車線化」の案件がありました。これが実現に向けて大きく動き出しています。(http://keiki-ishiyama.blog-bako.jp/article/14122235.html)。参考資料、10月6日付け河北新報(http://www.keiki-ishiyama.net/201110060.pdf)
多賀城市、仙台市、名取市、岩沼市の沿岸部は、海岸から平野が続き、高台が少ない地域です。今回の津波発生時、多くの方々の命を救うことになったのが、東部道路・三陸道の高速道路でした。これらの高速道路は、20年以上前から建設が始まった道路です。当時は、5m〜10mもの嵩上げや高架橋による道路の建設に対して、「何故、こんな無駄な作り方をするのだろう?」との疑問を感じました。しかし、津波が襲った時、この地域に住んでいる皆さんの中には、「唯一の高台」である東部道路・三陸道へと避難し、一命を取り留めた方が多くいられます。そして高速道路が第2の防波堤になったのです。ただ、惜しむらくは、高速道路であるため、インターチェンジを通らないと道路には入ることができません。前々から建設要望が強く出ていたこの「多賀城インターチェンジがあれば、助かった人も多かったろうに、、」との声も多く頂きました。
さらに、写真は、東部道路と三陸道のジャンクション近くです。この一部区間だけが2車線のままであることにより、朝夕のラッシュ時は、大混雑となっています。事故の原因となる可能性が大変高まっている現状です。震災前より、この区間の交通量は、20,000台近くありました。ところが、震災後は、復旧・復興に向かう車の増加に、被災者の方々の高速道路無料化が重なり、交通量は40,000台へと急増しました。国の基準では、1日に14,000台を越える交通量があれば4車線化を行うとの方針があります。現在の交通量は、この基準を大きく超えるものになっています。
今回の3次補正において「多賀城インターチェンジの建設と4車線化」の予算化が見込まれています。多賀城市は、震災復興を機に、「多賀城政庁」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E8%B3%80%E5%9F%8E)を中心とした歴史の街作りを行い、今まで以上の観光客の誘致を計画しています。今回のこの計画の実現により、防災に資するとともに、地域発展の起爆剤になることを期待しています。
1, 政策調査会長補佐
政府より提案された政策案は、党内の部門会議で話し合い最終的に政策調査会長の決をとることになっています。政策調査会長は、前原誠司議員です。私は、その補佐という役割を担います。実質的な権限は、それほど大きなものではありませんが、今、党内で議論されていることや政府が提出した法案に対して、鳥瞰的に見ることができます。
2, 農林水産部門会議・戸別所得補償検討制度WT 座長(http://www.keiki-ishiyama.jp/newspaper/pdf/2011_10_03_agri.pdf)
長い名前です。しかし、この役割は重く大きいです。野党からは、農業者に対する戸別所得補償制度を「ばらまき」だとの批判が出ています。そうではないということを、このブログに書きました(http://keiki-ishiyama.blog-bako.jp/archives/20110811.html)。また、これまでも同WTの事務局長として、本年度の本格実施となった同制度の細かな政策設計への提言を行いました。今回、座長という立場で、野党の皆さんとの折衝を行っていかねばなりません。農業者からも非常に高い評価を得ている制度です。日本の食糧安全保障の観点からも同制度を発展させて行かねばなりません。
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昨日、品川で開催された『全農東日本四県本部合同牛肉安全宣言大会』は、宮城、岩手、福島、そして栃木のセシウム被害を受けた県産出の牛肉が安全であることをアピールする大会でした。そこで、出されたA5の牛肉料理の美味しいこと、美味しいこと。これを牛肉と思っては、普通の牛肉が食べられなくなってしまいます。
その一方で、本日、宮城県を含むこの4県産の牛の枝肉がセリに掛けられましたが、全体的に2割ほど安い相場となってしまいました。安全宣言大会の後だけに、農家の方々は、非常に残念がっておられました。国から農家への支援策と、全頭検査体制は機能しています。しかしながら、さらなる別の問題も生じ始めています。現在の牛肉や肥育牛農家に関わる諸問題を列記します。
1, 風評被害
消費者の皆さんにとっては、致し方ないことかもしれませんが、セシウムに汚染された地域の牛肉を買い控える傾向にあります。私たちは、空気中や食べ物により平均1,650μSvほどの内部被爆をします。これは、元々、自然界にあるC14やK40といった放射能からの被爆です。仮に、500Bq/kgの牛肉を、日本人が1年間に食べる牛肉の平均値である6kgを食べたとします。粗々の計算ですが、内部被爆は約35μSvになります。これは、自然に受ける内部被爆量の約2%であり、誤差の範囲と考えられます。私も、20Bq/kgのステーキを100g食べました。そのときの内部被爆は、約0.023μSvです。この様に説明させて頂けば、基準値を下回ったものは、安全であることがわかっていただけるのではないでしょうか?
2, 滞留している牛肉
枝肉の価格が低迷している理由の一つに、牛肉の卸業者の方々が、大量に滞留している牛肉の在庫を抱えてしまっているということがあります。原発事故発生直後から7月までの期間に出荷された牛の枝肉は、放射能の検査を行っていません。つまりは、「クロ」か「シロ」か判断ができない牛肉です。このような牛肉は、セシウム汚染牛肉が発覚した後、返品などが相次ぎ、また、卸業者の方々が倉庫に抱えていた在庫は消費価値を失ってしまったまま、倉庫に積み上げられた状態になっています。今後も売れる目算はありません。国は、卸業者の方々へ、倉庫代を援助していますが、倉庫の物理的なスペースは限られています。そのため、市場でも余分に買うことができないため、自然、枝肉の価格の低迷の一原因となっています。このような牛肉が全国で、約2,000トンあると推測されています。この処分をしなくては、牛肉流通の大きな障害となってしまいます。
3, 厳しすぎる検査体制のために農家に滞留する牛
私は、セシウムに汚染された藁を給与した牛がいることが判明した時に、強く全頭検査を行うべきであると主張しました。明確な放射能検査だけが、消費者の安心を勝ち取る最低限の条件と考えたからです。それが、今、実行されています。
しかし、少し検査体制が厳しく、それが、生産者である農家の経営の過重負担になっていることが分かってきました。私は、検査の結果、セシウム含量が500Bq/kgを超えた枝肉を除外するということを徹底的に行えば十分であると考えています。実際、7月以降、セシウム汚染の可能性がある春上げの稲藁を牛に食べさせ続けている肥育農家はありません。従って、牛に、新しくセシウムが蓄積されることはありません。また、7月より2ヵ月半が過ぎ、仮にセシウム稲藁を給与された牛も、すでに体内より相当数のセシウムは体から抜け出しています。
しかし、宮城県の検査体制では、50Bq/kg以下の測定値を3回繰り返さねば、さらに出荷が後回しにされるという独自の基準が加味されています。沢山の肥育牛を抱える農家ほど、一度の検査の不良により、さらに出荷が遅れることを恐れ、牛の出荷を自主規制している農家もいます。肥育牛農家は、牛を一頭出荷すれば、新たに一頭の子牛を購入します。12月までに、宮城県において、出荷遅延牛が1,000頭近くに達すると予測されています。これは、すなわち、1,000頭分の子牛の需要が落ちることを意味しています。肥育牛農家にとっても、出荷の遅延は、運転資金が入らないことに加え、余計な経費が嵩むという理由により、肥育農家の経営を圧迫することになります。さらに問題として、子牛の需要減により、子牛の価格が低迷するという、玉突きの経営悪化が、繁殖牛農家に広がる危険性があります。 必要以上の厳しい基準は、却って、農家の皆さんを苦しめることに繋がります。
4, セシウムに汚染された稲藁や堆肥の処分
セシウムに汚染された稲藁や堆肥の処分が、もっとも難しい問題です。焼却や埋設などができれば問題は解決します。しかしながら、それの引き受け先を探すことが難しい状況です。しかしながら、汚染されていると分かっている稲藁や堆肥を、いつまでも農家の庭先に晒されているのは、さらなる問題です。もっとも困難ですが、早急に答えを出さねばならない問題です。
9月24日(土)に、塩竈市伊保石に建設された仮設住宅にお住まいの皆さんとの意見交換会を行いました。塩竃市議の志賀勝利さんと田中徳寿さんと共に伺わせて頂きました。
(注、写真の仮設住宅は塩竈市桂島のものです。)
意見交換会の主旨は、大きく分けて二つです。
1, 仮設住宅に住み、住宅自体や備品などにおいて改善点はないか?
2, 将来に対する不安などはないか?
について聞き取りを行い、国が関与すべき事は私が、また、市が関与すべき事は両市議会議員が、聞かせて頂きました。
まず、
1については、以下の様な意見が出されました。
(1) 玄関が狭い。先日の台風のような大雨、大雪の時では、傘、長靴を置く場所がない。
(2) 市で運営している100円バス(←塩竃市独自の市営バス)の運行経路や本数を増便して欲しい。
(3) 県道を挟んで仮設住宅が二つに分かれているが、そこに横断歩道を設置して欲しい。
(4) 仮設住宅下に隙間(← 意図としては空気の循環を促し、湿気を抜くための機能と思われる)があるが、寒冷地には不向きではないか?冬になれば、寒くて仕方がないだろうから、改修して欲しい。
(5) 日赤から支給されたオイルヒーターが重くて移動させるにも困難だ。ましてや、狭い仮設の部屋には不向きでないか。支給するにしても、住民の気持ちになって支給するように。
(6) 30Aに電源では少ない。
(7) お風呂の追い炊き機能がないので、冬場などは不便である。水道代、電気代が多く掛かる。
(8) 要望により設置して貰った自販機だが、車の見通しを悪くし、かえって、危険だ。移動を依頼したが、対応が遅い。
(8) 議員や役場職員が、仮設住宅に住めば、こんな意見交換会などしなくて良いのではないか?
2については、以下の様な意見が出されました。
(1) 仮設住宅は、2年ということだが、それまで次の引っ越し場所が決まらない場合はどうなるのか?
(2) 津波被害を受けた場所には、もう住みたくない。高台移転や復興集合住宅の建設計画はあるのか?
(3) 地震により宅地が崩落してしまっている。国の補助で、造成をし直してくれないか?
以上が、約2時間の意見交換会で頂いた意見・要望です。志賀、田中議員とも協力して、できるだけ皆さんの要望を反映させたいと考えています。
また、今後、多賀城市、七ヶ浜町などでも行っていきたいと考えています。
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先週、日本列島を縦断した台風15号による被害状況を、今週末は見て廻りました。
塩竃、多賀城、松島など3月11日の地震により地盤が沈下した場所では、台風が接近した9月21日は冠水し、多くの箇所で道路が通行止めとなりました。未だに、塩竃の一部では、冠水したままの場所もあります。
また、塩竃の野々島では、仮設住宅の裏が土砂崩れを起こしており、仮設住宅そのものへの影響はありませんでしたが、ひやりとさせられました。
大崎市鹿島台地区では、大量の雨のため、刈り取り前の稲が水につかり、さらには、川からあふれたゴミが田んぼに入り、稲を押しつぶしていました。水に浸かった稲の穂からは、根が出ており、等級の低下を免れることができなそうです。
これらの台風被害に関しても、早急な対応をしなくてはと考えています。
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今朝、私の息子(中学2年生)が通っている小野田中学校の生徒さんが修学旅行で国会に来てくれました。
私が中学生だった頃、旧小野田町には、二つの中学校がありました。東小野田中学校と西小野田中学校です。私が中学3年生のときに、西小野田中学校が火事になりました。それを契機として、当時から燻っていた両中学校の統合の話が進み、小野田中学校となり、私の3歳下の弟達の代が第一回の卒業生となっています。私にとっては、自分の住んでいる学区の中学校です。
ですから、今日来てくれた生徒さんたちの中には、私の同級生、親しい先輩後輩、親戚、さらには隣近所の子供たちも多かったのですが、中学生の成長は、著しいものがあり、名前を確認して、「あー!どこのだれだれ君」という対応が多くなってしまいました。「みんな、大人になって」と嬉しいやら、少し寂しいやらの感じを受けました。
そろそろ、新幹線に乗る頃だと思いますが、帰ったら、受験勉強をがんばって下さい。。
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今日、朝7時半から塩竃魚市場で、めばちマグロの塩竃ブランドである『三陸塩竃ひがしもの(http://www.shiogama.or.jp/07_higashi/)』の今年の販売開始の式典に参加して来ました。『三陸塩竃ひがしもの』のキャンペーンは平成15年から始まり、めばちマグロの旬となるこの時期に、毎年行われています。
塩竃漁港も津波の被害を受けました。しかし、宮城県内の他の漁港と比較して、特に、気仙沼、石巻のような特3と言われる大型漁港の中では最も被害が軽微でした。そのため、本来、マグロに特化した漁港となっていた塩竃漁港ですが、他の魚種の水揚げも行い、宮城県水産の最後の砦として、この期間、頑張っています。
昭和50年代半ば、年に500億円の水揚げだかがあった塩竃漁港ですが、今は、約五分の一の100億円ほどです。魚の消費減に、魚価の低迷などの原因はありますが、漁業の衰退とともに塩竃の街は元気を失っていきました。![]()
『三陸塩竃ひがしもの』のさらなるブランド化と、宮城の水産業復興の先駆けとなることにより、塩竃の街が活気付くようにして行きます。
追;写真の4人の中学生は、今日のイベントに参加していた塩竃一中の生徒さん達です。
今日は暑い日でした。国会閉会中は、宮城で過ごすことが多かったので、東京の残暑の厳しさ体がついていきません。さて、その中を、地元の宮崎中学校の皆さんが修学旅行で国会を訪れてくれました。
ちょうど、野田総理の所信表明演説に対する各党からの代表質問の本会議がありましたので傍聴してもらいました。なかなか、このようなタイミングで修学旅行に来ていただくのも難しいため生徒の皆さんにとっては幸運だった反面、本会議の野次に驚かれていた様子でした。野次は、「国会の華」などと言う方もいますが、改善していかねばならない点です。子供達には聞かせたくないものです。
宮崎中学校の皆さんには、一生の思い出を作ってもらえばと思います。
総理の所信表明演説は、政策を述べることはもちろん重要でありますが、時の政府の、内閣の姿勢、「理念」が重要と考えます。本日の演説の締めに、野田総理が
「私は、この内閣の先頭に立ち、一人ひとりの国民の声に、心の叫びに、真摯に耳を澄まします。「正心誠意」、行動します。ただ国民のためを思い、目の前の危機の克服と宿年の課題の解決のために、愚直に一歩一歩、粘り強く、全力で取り組んでいく覚悟です。 皆様の御理解と御協力を改めてお願いして、私の所信の表明といたします。」
と、述べられたことに対しては、非常に共感します。また、この気持ちで、私も総理を支えて行きます。
今日から臨時国会です。午後2時から、野田佳彦総理の所信表明演説です(ちなみに、慣習的に、1月の通常国会の冒頭の総理の演説は、施政方針演説と言い、特別国会や臨時国会は、所信表明演説と言います)。何度も書いていますが、「地道で、実直で、それでいて一歩一歩着実な政権運営」をお願いしたいです。
さて、9月11日は、加美町の薬莱山山麓で「べっごこ祭り」が、昨日12日は、仙台で「宮城県産牛肉安心安全宣言・賞味会」が開催されました。両イベント共に、今回の放射能問題で、大きくイメージを落としてしまった宮城県産の牛肉のPRを行わせて頂きました。
「べっごこ」祭りには、農産物の国の責任機関である農林水産省から雨宮審議官が、鹿野道彦農林水産大臣のメッセージを託され読み上げて下さいました。時折、小雨が降るあいにくの天気ではありましたが、2,000名程の方が訪れて加美町産の牛肉を食べて頂きました。
また、昨日の仙台での「賞味会」は、村井宮城県知事の主催で、生産者、流通関係者、消費者の方々が集まり開催されました。美味しい牛肉を、ステーキ、しゃぶしゃぶ、ローストビーフ、チャーハン等、様々なメニューを味あわさせて頂きました。ごちそうさまでした。
宮城県においては、8月1日よりの出荷規制後、放射能の検査を行うこと等を条件に、8月26日の仙台市場でのセリ再開より、和牛の出荷を再び始めています。原発事故後に採集した稲ワラを給した農家の牛に関しては全頭検査を、給していない農家に関しては全戸検査を、ゲルマニウム測定器を用いた精密測定を行っています。よって、現在、宮城県産の牛肉は、全て「安全性が確認された」ものです。
全国の皆さん、どうぞ宮城県産牛肉は、安全ですので、安心して購入して頂き、沢山食べて頂ければと思います!
8月31日で通常国会が閉幕し、今の流れでは9月14日より臨時国会が開幕する予定です。
この国会が閉じている期間は、平日でも地元におり、延期されていた地方自治体選挙のお手伝いや、また、震災対応の日々を過ごしています。
先週の台風が過ぎた後、宮城は、空も高くなり、秋風が吹くようになりました。稲も黄色みを増して来ています。
刈り取りを前に、玄米のセシウム検査が始まりました。多くの地点では、検出限界以下となっておりますが、唯一、大崎市の川渡で、47Bq/kgの値が出ました。もちろん、基準値を大きく下回る値ですし、完熟玄米を使用しての本検査では、この値以下になることは間違いありませんが、気持ちの良いものではありません。
出来秋を迎え、農家の皆さんや消費者の皆さんの気持ちを思うと、数値としてセシウムが検出されないことを祈ります。
昨日(2日)に、野田内閣の閣僚人事が発表されました。
野田総理も地味ですが、閣僚の方々も地味な方が多いです。しかし、地味で良いのです。
テレビに出て、ワイドショウのように振る舞う芸能人の様な国会議員が多いです。しかし、実際、中から見させて頂いていると、そのような方々が、有能な政治家か?尊敬できる政治家か?というと、決してイコールではありません。むしろ、逆のことが多いのが現実です。
野田総理は、「どじょう」の様にと表現されましたが、実直に、手堅く、しかし、一歩一歩着実に歩進めるように、国政を前に進めることが大切です。
私たちも、しっかりと支えていかなくてはなりません。
自分としては、新代表に対しては、3つの要望がありました(前のブログを参照)。2つが、野田新代表とは意見が違います。言うべき所は、言わねばなりません。
明日、首班指名となり、新しい総理が誕生します。いずれにせよ、待ったなしの問題が山積みです。
新総理を支えると共に、自分自身も、しっかりやります。
是非は別にして、代表選挙である。
私は、海江田候補に投票しようと考えている。
1, 復興に尽力すること。
2, TPPに対して慎重であること。
3, 原発事故を対策を含めてエネルギー政策に通じていること。
この3点を軸に、討論会を初めとして各位の意見を聞かせて頂いた。
復興に尽力するという点においては、候補者各位真剣にお考え下さっており感謝している。しかし、一方で、財源は、増税に依るべきではないということが、私の考えである。それは、税制の根本は、「恒常的な政策に対して、その裏付けとなる財源を確保するために安定的な財源を確保」することである。復興に掛かる費用は、例えそれが長期的であっても、一過性の費用である。復興においては、インフラ整備が中心となることから考えて、「建設国債」(償還60年)で賄うべきと考えている。
TPPへの参加の判断は、慎重に対応して頂かなくてはいけない。詳細は、別の機会に記すも、TPPへの参加は、日本の社会構造を根本から覆し、格差の拡大、地方の疲弊、戦後日本が築き上げてきたものを全て覆すことになるからである。
震災による原発事故以来、日本のエネルギー政策は、根本的な見直しと同時に、その反面、エネルギーの確保に留意していかねばならない。それを十分に理解するとともに、知見を兼ね備えている人でなくてはならない。
以上より、それに合致する人を求めた時に、海江田候補を選択させて頂いた。
しかし、残念なことは、10年後、20年後の将来のこの国のビジョンを明確に示した方がいないことである。本来、国民の皆さんが求めているのは、将来へのロードマップのはずである。誰が選ばれるにしろ、それを示して頂きたいものである。
松島の30代、40代の若い方々が中心となり、「松島復興への提言」を纏めて、町の方に提出されました。
提言を纏められたのは、飯川斉 議長(松島・北小泉)、佐藤浩樹 副議長(松島・高城)を中心とする13名の委員で作る「松島町震災復興検討会議」の皆さんです。今、被災地の自治体においても復興計画の策定が進んでいます。松島町においても同様に進められていた訳ですが、当・会議の皆さんは、それに先立ち、若い方々の視点で、単なる復旧ではなく、「発展的復興」を目指し、提言書を纏められました。
「復興」、「創造」、「貢献」を主題に、1, 都市基盤の復興と災害に強いまちづくり、2, 町民の命と生活の擁護、3, 東北、宮城を牽引する観光・産業の復興と3つの大きなテーマと、12の細目に分類し纏められています。
松島は、日本三景の一つ、全国に名が知られた観光地です。海岸通りの商店街や、海に面した手樽地区を中心に津波の被害を受けました。その一方で、若年人口の減少や、観光客の低迷といった問題も、これまでも抱えてきた街です。
今回の会議に出席して私自身が嬉しく感じたことは、政治や行政に関心が薄いとされる若い方々が率先して行動を起こしてくれたことです。飯川議長、佐藤副議長のリーダーシップに敬意を表します。また、国の方も、今後、復興のための三次補正予算の編成に入りますが、「被災自治体より出てきた提言」に対して予算を付けていくことになります。被災者の皆さんより出された構想こそが、その被災地のニーズに合った復興計画であると考えられます。従って、本日の様な提言を積極的に行って頂ければと思っています。
牛肉セシウム問題が出てから、宮城県での最初の仔牛市場が、17日〜19日の3日間開催されました。
牛を出荷することができない出荷規制が続いていたため、資金と牛舎スペースの問題より、肥育農家の買い控えにより、仔牛の価格も暴落するのではとの不安を、私も、また繁殖農家の多くの皆さんが持っていました。
しかしながら、遠くは九州、四国など県外からも大勢の購買者の皆さんが来てくれたおかげもあり、先月の市場とほぼ同等の仔牛の価格で3日間推移しました。農家さんも、ほっと一安心されたようです。
また、19日には、宮城の出荷規制も解除され、これから順次、肥育牛の出荷が始まります。
セシウムが検出された藁を牛に食べさせてしまった地域の牛は全頭検査を、また、その他の宮城の地域のものは畜産農家全戸検査を行うことが、既に決まっています。
暫くは、宮城産の牛肉は、価格が低迷するやもしれませんが、しっかりとした検査を行うことにより、消費者の皆さんの早い信頼回復に努めていきます。
今日は地元、加美町のお祭りを中心に廻らせて頂きました。
もちろん津波被害を受けた沿岸部の皆様からすれば、祭りどころではない現状はあります。しかしながら、少しずつでも、被災地宮城において、日常を取り戻していかねばならないと思います。
また、当地、加美町は震災の被害は軽微でした。今日も、廻らせて頂いて分かったことですが、発災当初、被害の酷かった沿岸部に対して、水、米、野菜の供出、泥さらい、瓦礫の撤去などの支援活動を、各人各人で続けて下さっています。御礼をさせて頂きながら、廻らせて頂きました。
党の広報誌に載せる文章を書きました。
農業者戸別所得補償制度については、野党から「農家へのバラマキだ!」、「票を稼ぐためのものだ!」と批判されています。しかし、そうではなく、食料という国民の皆さん、一人一人の生活を守るためのものであることをご理解して頂きたく書きました。
国民、皆さんの生活を守るための「農業者戸別所得補償制度」
衆議院議員 石山 敬貴
3月11日の東日本大震災で、被災地はもちろん首都圏においても食料不足となったことは記憶に新しいところです。当然ですが、食べ物は、私たちが生きるために、欠かすことができないものです。しかし、震災直後を除き、また、今も巷には食べ物が溢れています。将来共に変わらずに、私たちのまわりには食べ物がいつまでも豊富にあるのでしょうか?
そうではありません。世界的に見れば、食料需給は逼迫しています。その理由は、近年の急激な地球人口の増加と、農地の乱用や、地球温暖化の影響と考えられる気象の不安定化によります。日本の食糧自給率は、僅かに40%です。仮に、現在、海外に依存している食料の輸入が停まったら、2〜3ヶ月で餓死者が出ると言われるほどの低い数値です。
「国民に対する国家の最も基本的な責務として、食料の安定供給を将来にわたって確保していかなければならない。」と、昨年に閣議決定された新しい「食料・農業・農村基本計画」にも記載されています。その一方で、昨今のデフレ傾向も反映して、米に代表されるように農産物の価格は低下しています。そのため、食料生産者である農家の所得は大幅に減少し、農業者の人口も減り続けています。
国産の食料を確保し、国民生活の安定化を図るためには、まず、生産者の方々の生活の安定、所得の安定を図らねばなりません。そのために、「農業者戸別所得補償制度」は、生産者の所得の下支えを行っているのです。
夏祭り真っ盛りです。本日も、色麻町で第25回 かっぱのふるさと祭り、加美町では、第19回西部夏祭りに参加してきました。特に、かっぱ祭りでは、「牛肉の丸焼き」が、例年通り行われ、参加者の皆さんに振る舞われていました。まずは、良かったと思いましたが、皆さんからは、「米は大丈夫か?」との声を多く頂きました。
福島を中心に、5,000Bq/kg以上のセシウムが検出された水田においては、今年は、作付け制限により稲の作付けはされていません。この理屈は、玄米におけるセシウムの暫定基準値は500Bq/kgです。これまでの研究から、土壌から稲がセシウムを吸い上げる量を換算して、それを「移行係数」とすると最大0.1と見積もられています。簡単に説明すると、仮に、3,000Bq/kgの土壌で稲を生育させた時に、玄米に含まれてくるセシウムの量は300Bq/kg、また、10,000Bq/kgなら、玄米は1,000Bq/kgとなるとされています。しかし、この移行係数は、実際よりかなり数値を高く見積もっています。つまり、安全性を重視しています。
今日、お祭りが開かれた色麻町の土壌からは140Bq/kgのセシウムが検出されています。これから推測すると14Bq/kg<<500Bq/kgが玄米にセシウムが含まれることになります。しかし、14Bq/kgという数値は、ゲルマニウム検出器でも検出限界ぎりぎりであり、重複ですが、「移行係数」0.1は高く見積もっています。よって、予想値より、14Bq/kgより大きく下回ることが予想されます。
最近、ホールクロップサイレージ(WCS)といって、稲の穂が出て2週間目頃に、青刈りを行い、それを牧草のように牛の飼料としています。宮城県において、5日にWCS用の稲のセシウムの測定が行われて、最も高かった栗原市産のもので26Bq/kg、大和町で4Bq/kg、大衡村のものは検出されませんでした。WCS用の測定は、飯米用の稲のセシウム含量を推測するに大いに参考になります。今のところ、この数値を見る限り、玄米に大きな影響が出るとは考えにくいものがあります。
その一方で、何故か、宮城県栗駒で今月になってから採取された牧草で、969Bq/kgと、宮城県産の牧草の測定を開始してから、最も高い数値が出ています。稻ワラの時もそうでしたが、まだまだ、予断をもってはいけない部分もあります。
今日の夕方、鹿野農林水産大臣より、牛肉セシウム問題に対する支援策が発表されました。
7月26日に出されていた緊急支援策は、あまりにも「人ごと」のような支援策でした。しかし、今回の支援策は、生産者、消費者、そして流通業者の方々からの意見を取り入れたものになったと感じています。
今回の問題は、科学的に人体に与える影響が解明されていない低レベル放射線が問題となっています。しかし、多くの消費者の方は、「ならば、セシウムが検出された肉は食べたくない(基準値以内でも)」との心理は当然のことと思います。それをリセットしなくては、国内産の牛肉の購買は、下がる一方となります。
私は、消費者の牛肉への安心感、信頼感を取り戻すためにも、今回は、疑わしきも肉も含めて、全て国が買い取り、市場から完全隔離をすることが重要であると言わせて頂いてきました。また、東京電力に責任があるとしても、これまでの仮払いの遅さを見れば、国が全面的に前に出て、生産者や流通業者の経済的な損失を補填するべきであるとも意見をしてきました。
今回の対策では、セシウムで汚染された牛、約3,500頭の買い取りと、畜産農家への補填が明記されたこと、また、流通業者の方々が持っている汚染されているか否か不明な、所謂「グレー」な牛肉も国が責任を持つことが決まりました。
今後は、セシウム検査をしっかりと行っていくことにより、セシウムで汚染された稻ワラが流通した17道県の牛肉も安全であることを証明しつつ、牛肉市場を平常に戻していかねばなりません。
雨交じりの海風が強く吹く菖蒲田浜で、七ヶ浜町の震災で犠牲になられた方々の、神道と仏道合同よる慰霊祭が行われました。
菖蒲田浜は、小さい頃より何度も海水浴に訪れた場所です。未だに、仙台港から流されたコンテナが浜に打ち上げられたままになっています。
様々な、夢や希望が一瞬にたたれてしまった方々を想い、今を生かされているありがたさを痛感させられました。改めて、全ての犠牲者の皆さんのご冥福をお祈りします。
漸く、厚労省が、牛肉のセシウムの一次スクリーニングに、通称簡易検査と言われるNaIシンチレーションスペクトロメーターを用いた検査を認めました(http://www.mbs.jp/news/jnn_4788636_zen.shtml)。
牛肉セシウム問題が発覚してから約3週間近く、このブログでも書きましたが、生産者、及び消費者の安心して、肥育牛を出荷し、消費者が購入するためには、肥育牛の枝肉のセシウム含量を全頭で検査するしかないと主張してきました。
厚生労働省からは、約10年前に定めたマニュアルに従って、何が何でも食品のセシウム含量を調べるには、ゲルマニウム半導体検出器ではないといけないとのことを言われてきました。確かに、この検出器は、正確にセシウム含量を測定することができます。しかし、今のこの緊急時に国内にある検出器の数では足りず、しかも、全て外国製品なので、納期に3ヶ月以上も掛かります。その3ヶ月を待てば、牛肉だけに関わらず、他の農産物も含めて様々な食品においてセシウムの問題がでてくる可能性もあります。
今日も、東大のアイソトープ総合研究所に行き説明を受けてきましたが、私は、国内に、まだ在庫があるNaIシンチレーションスペクトロメーターを利用した全頭検査を強く、様々な場面で言ってきました。しかし、一昨日の農林水産委員会では、あまりにも政府と厚労省の頭の固さに、怒りが頂点に達していたところでした。
今回のこの厚労省の決定にいたるまで、産総研の黒沢博士、高崎の原子力機構の鈴木博士、農林水産省審議官の山田博士には大変お世話になりました。また、前農林水産大臣の山田先生には、委員会で、異例の委員長の申し出をしてくださり、後押しをして頂きました。深く、感謝いたします。
残るは、セシウムの藁を食べたことが分かっている牛と3月11日以降の業者が抱えている在庫を、全て国が買い取り、完全に市場から隔離することが消費者に安心をもたらすと考えています。さらに、生産者には、出荷停止の間の繋ぎ資金を供給することが大切です。
明日(27日)、農林水産委員会で質問をします。内容は、「牛肉セシウム問題」の対応に関することです。
以下、質問の原案を掲載します。
本日は、牛肉セシウム問題について、質問をさせて頂きます。
お手元にお配りした資料1をご覧下さい。私自身、7月13日 東京食肉市場に行って参りました。この日は、7月8日に福島県南相馬市で、藁から暫定基準値を越えたセシウムが検出され、それを餌として食べた和牛の肉よりさらにセシウムが検出されたことが公表されて5日目です。すでに、福島県産のA5の枝肉が、写真にも示すとおり1,000円となっておりました。しかし、まだこの時は、静岡や栃木産の枝肉は、A5で1800〜2,000円という価格がついていました。しかし、私の地元の宮城において、同様に藁からセシウムが検出され、それが東日本を中心に搬出されていることが分かった後、資料1にグラフが示すとおり、因みにこのグラフは、特定の産地の枝肉価格ではなく、全国平均です。A5で1,000円、A4が400円、A3は200円強と、暴落以上のことが起きています。7月19日には、当然、福島産、宮城産の枝肉は含まれていません。完全な風評被害です。
この時点で、BSE、口蹄疫を越えるような日本の畜産の危機となっています。
質問1 まず、冒頭、○○副大臣にお聞きします。この事態を招いた責任の所在は、どこにありますか?端的にお願いします。
震災当初、放射能に関して正しい情報をもっている一般の方は殆どおりませんでした。確かに、発災以降、農林水産業に関してだけでも、漁港が津波で大きな被害を受け、畜産・酪農では飼料不足、農地の用排水機場の復旧、農地の瓦礫処理などなど目に見える課題が山積みで、目に見えない放射能に関しては、気づきづらかったとのことは、私も理解できます。しかし、明確に「わら」との言葉を出して、放射能汚染に関する指示が出ていないことや、被害の拡大を見ても国が全責任をもって対処するとの姿勢が重要と考えます。
質問2 念、押しですが、国が全責任をもって、この牛肉セシウム問題に対処をして頂けますよね。○○副大臣、お願いします。 私も、この牛肉セシウムの問題が出てから、畜産農家やJAなど農業団体と話し合いを行ってきました。皆さんのこの問題解決への対応についての要望は2点です。それは、1, 日本全国の出荷牛の全頭検査を実施すること、2, 風評被害を含むセシウムによる被害を受けた畜産農家の減収を補うための資金対応を、早急に行うことです。
まず、全頭検査に関する質問からさせて頂きます。
私の知り合いの焼き肉屋さんの話では、この問題以降、全く国産牛を注文するお客さんがいないとのことです。消費者の理解及び牛肉の流通事情の早期回復を図るためには、早急に国の責任において出荷牛の全頭検査を行うしか、方法はありません。見えない放射能を、「見える化」すること、それには、測定による放射能の数値化だけが唯一の方法です。
ここに、厚労省から平成14年前に出されていた「緊急時における食品の放射能測定マニュアル」があります。今回のような原子力施設の事故等の緊急時における農畜水産物における放射能の分析方法についてのマニュアルです。その指針によれば、セシウムの測定には、ゲルマニウム半導体検出器を用いると規定しています。
資料を一枚飛ばして頂き、資料3をご覧下さい。下の段にゲルマニウム半導体検出器の写真を載せました。この測定器は、放射能各種毎に、右の図に示した通り、セシウム137とカリウム40のように、それぞれの固有エネルギーを指標として、スペクトルとして分離して検出することができます。しかし、欠点は、2,500万円から3,000万円と高価なこと、納期に今だと3ヶ月は掛かるとのこと、そして液体窒素を使うことより操作に専門性を要求されることなどが上げられます。
しかし、技術は進歩しています。資料3の上をご覧下さい。この指針が定められてから10年近くが過ぎた現在では、このマニュアルで放射能の簡易検査にと定められていたNaIシンチレーションカウンターという測定機器においても、セシウムを分離して検出し定量できるようになっています。
さらに資料2をご覧下さい。この測定器の特徴としては、ゲルマニウム検出器より、安価で、国内の各メーカーも在庫を持っています。例えば、PerkinElmer社の測定器は855万円、サンプル量が少なくて済みますし、一回の測定で270サンプル測定できます。また、下のアロカ社の場合は、450万円で国内在庫あるといった状況です。
質問3 厚生労働省に聞きます。今、牛肉セシウム問題は、このマニュアルにある言葉を借りれば、「緊急時」です。10年前の少しカビくさいマニュアル従って、やはりセシウムの検出には、今、手に入らないゲルマニウム検出器で測定しなくてはいけませんか?私は元科学者として言わせて頂けば、さらに放射能の専門家からもヒアリングした結果でも、1次スクリーニングとしてでも良いので、このNaIシンチレーションカウンターを国が購入して、必要とする所に貸し出すべきと考えます。昨日、宮城と山形産の牛の枝肉のセシウムの測定を行っている宮城県公衆衛生協会の話を聞きました。「2台あれば、宮城と山形の全頭検査は楽勝です」、と言っておりました。厚労省の見解をお聞きします。(マニュアルが重要ではありませんよね。昔決めた規則が大切ではありませんよね。今、求められていることに結果を出すことが大切ですよね。やる方向で進んで下さい。)
引き続き、畜産農家の資金繰りに関する質問をします。
質問4 まず、文部科学省の○○政務官にお聞きします。まだ、原子力損害賠償紛争審査会では、資料1で示した牛肉の風評被害は、未だ指針に含まれていません。中間指針の取り纏めを前に、今回の牛肉セシウム問題に端を発した風評被害を加えて頂くことを強く要望します。如何ですか?
質問5 東京電力の仮払いは、原発被害を受けている農漁業者に対して、随分と遅いと聞いています。その一方で、昨日の東日本大震災復興特別委員会において、修正「平成23年原子力事故による被害に係わる緊急措置に関する法律案」が可決されました。通称、仮払い法案ですが、これにより、仮払いがスピードアップすると期待されますが、○○副大臣、見通しをお話下さい。
質問6 昨日、頂いた資料に依れば、マルキンの毎月支払いの実施を行うとのことになっています。これは、大変畜産農家にとって朗報です。しかし、肥育農家の減収は勿論ですが、繁殖牛農家もまた、肥育農家が牛を出荷できないために、資金的にも、牛舎のスペース的にも子牛を購入できないことになります。即ち、今後、子牛も値崩れを起こすことは、間違いありません。そこで、肉用牛繁殖経営安定対策も見直す準備を進めることを要望します。そして、全国平均ではなく、宮城なら宮城の、山形なら山形といったように、地域別の算定方式を導入して、さらなる、検討をすべきと考えますが、○○副大臣、如何でしょうか?
質問7 最後に、暫定基準値を越えた牛の枝肉は、全て買い取ることが決まっています。これは、大変良いと思います。では、暫定基準以下ではあるが、セシウムが検出されている枝肉はどうなりますか?
昨日現在で、セシウムに汚染された藁を食べた牛は、約3,000頭(2,906頭)です。仮に全て、100万円で買い取ったとしたら、30億円です。この牛肉セシウム問題の解決策として重要なのは、「生産者と消費者に安心感を与える」ことではないでしょうか?ならば、この時点において、セシウムに汚染された藁を食べた牛は、全て買取り、完全に市場から隔離するということが、最も、生産者と消費者の安心を得る最上の方法ではないでしょうか?ご考慮をお願いして、私の質問を終わらせて頂きます。ありがとうございました。
牛肉セシウム問題が拡大しています。宮城県産の牛肉からもセシウムが検出されています。
その一方で、先週の金曜日(22日)には、消費者や生産者の安心のためにも全頭検査や、生産者の早急な繋ぎ資金の支援といったないようを、党の提言として、枝野官房長官に提出し、「できる全てのことをする」との返事を頂いています。さらに、土曜日(23日)の日本農業新聞には、私が先週以来提言してきたゲルマニウム半導体検出器(3,000万円)より簡易なNaIシンチレーションカウンターを用いた測定計の有効性が記事となりました。
本日は、午前中に塩竃市で、市民の皆さんと意見交換会を行いましたが、関心事は、放射能のこと。特に、魚介類への影響を酷く気にされていました。また、夕方の加美郡の畜産農家の方々との意見交換会においても、牛肉のことはもちろん、秋を控え、米への影響を心配されていました。このような心配事を解消するためにも、放射能の、特にセシウムの全国規模での測定系の確立が、やはり重要です。今、農水省と厚労省で、シュミレーションに入っています。
牛肉セシウム問題が、拡大しています。昨日の枝肉市場では、福島産の枝肉に値が付かない状況までになっています。宮城の知り合いの焼き肉屋さんに聞いたところ、全く国産牛の注文がないそうです。 この期間、消費者、生産者の方々の安心のためにも全枝肉に関して、セシウムの調査をすることを訴えてきました。昨日は、農水省に行き、農林水産副大臣に、今日の党内の会議でも、方法論も含め意見陳述をしました。 少し専門的になりますが、方法は以下の通りです。 現在、牛肉のセシウムの測定には、「ゲルマニウム半導体検出器」というものを用いています。この検出器は、分析能力は、非常に高いわけですが、高価(2,500万円〜3,000万円)で、国内で生産されていないため、入荷にも時間が掛かります。宮城県においても、注文はしていますが、納期は9月とのこと。それでは、間に合いません。 しかし、この「ゲルマニウム半導体検出器」よりも性能は劣りますが、国内在庫も比較的ある(現在約100台)「NaIシンチレーション検出器」を用いるべきと考えています。値段も、200万円ほどです。仮に、1台、1日につき30頭分の検査ができたとして100台あれば、1日に3,000頭の検査ができます。
今、消費者や生産者の方々は、正確無比な数値よりも(例えば、10,000Bqと10,100Bqの数値を見極めることより)、基準値より上なのか、下なのかを知りたいと思っています。
私は、この週末から、つくばにある産総研や高崎にある原子力研究機構の研究者の方にも意見を求めま、賛同を得ている方法です。さらには、厚生労働省においても、すでに緊急時の放射線測定には、この検出器を用いるべきとの指針も、すでに出しています。使わない方がおかしい。
少しは訴えが効いてきたのか、今、政府も動き出しました。午後から、農林水産省の技官の方と話し合いを持ちます。
牛肉のセシウム問題が拡大しています。
先ほどの読売新聞の速報でも、愛知県で、基準値以下であるものの、セシウムを含んだ福島産の流通している牛肉が見つかっています。
宮城県においても、登米市、栗原市において、原爆事故以降に収集された稻ワラより、基準値以上のセシウムが検出され、当然、これらの稻ワラを牛に食べさせることを自粛する指示が出されています。
この様な事態を受けて当然、消費者の方々の牛肉に対する不安は高まりますし、生産者の方々は、低迷する牛肉価格が、より一層酷くなることを懸念しています。
まずは、今、生産された牛肉にセシウムの様な放射性物質が含まれているかどうか、全ての牛(枝肉)で検査できないか模索しています。筑波にある産総研に勤める友人が、全頭検査を可能にするかもしれない方法について電話で話してくれました。より詳しく聞くために、今から、宮城から筑波に向かいます。
福島の南相馬市の農家が育成した牛肉より、基準値を上回るセシウムが検出されたことが、今、大きな問題となっています。このことを受けて、私自身も、今日の午前中に、品川にある食肉センターに行ってきました。
最近の牛肉の枝肉市場は、低迷が続いています。長引くデフレ経済と、先日の「ユッケ事件」のために大きく消費が落ち込んでいるためです。本来、A5(最高ランクに霜降り肉)の評価の枝肉は、2,300〜2,500円/kgが相場です。しかし、本日の、福島産のA5は約1,000円/kg、A5より一ランク落ちるA4は約800円/kg(本来なら1,800〜2,000円/kg)と、値が暴落しているとともに、宮城産、栃木産などに加え、放射能とは直接関係ない静岡産の枝肉まで、A5が1,600〜1,700円/kgという値しかつかなくなっている状況です。以前もこのブログに書きましたが、これでは畜産農家の経営は、全く成り立たちません。
その一方で、消費者の皆さんには、また、大きな不安を与えることになり、忸怩たる思いです。昨年の宮崎の口蹄疫が蔓延した時は、感染した牛豚は、可哀想ではありましたが全頭殺処分致しました。今回の福島においては、原発以降に採取した稲わら、牧草を食べさせないこと、また、牛の外部の放射線量は、全頭測定することを義務づけてはおりました。しかし、報道によれば、食べさせる餌がなく、原発以降に採取したわらを食べさせたとのこと。農家の心理とすれば、確かに家畜として飼っているかもしれませんが、牛は、家族の一員でもあります。飢えている牛を、そのままに見捨てることができなかったのかもしれません。
原発による避難区域の設定、放射線量が高い学校校庭の対処など、あまりにも放射能への対応のまずさに、私も与党の人間として申し訳なく思います。仮に、福島の避難区域等の家畜は、全頭殺処分という決断をしなくてはならないとしたら、言い渡す方も、言われる方も、大変辛いことです。しかし、言いづらいことを後回しにしたことが、今回の牛肉セシウム問題を引き起こしている原因にもなっています。
兎も角も、これ以上、牛肉を初めとする農産物・畜産物が間違っても、流通し、消費者の皆さんの口に入らぬように致します。
私の知り合いの方々と津波により被災した木材のリサイクルが行えないか考えています。
津波により倒壊した家屋、流された防風林の松などをチップ化、その後、堆肥化して、やはり津波の被害にあった水田や畑に鋤き込むという考え方です。今、亘理町で、その検証実験を行っています。
県では、1機100億円の仮設瓦礫木材焼却炉を6機ほど建設して、焼却するとの考え方のみしか、まだ、分別した後の被災木材の処理しかスキームとしては提示していません。その一方で、津波により海に溜まっていたヘドロが水田を初めとする農地に打ち上げられています。塩だけでは無く、様々な物質が、農地に混じり込んでいる可能性があります。
私の知り合いの方の会社は、元々、廃材などを利用して土壌改良材兼堆肥を作っておりました。その堆肥の効果を長年検査した結果、有害な重金属も微生物等の働きにより、無毒化させることも分かっています。また、堆肥化させていくにも、基本的には、建屋など特別な施設は必要ありません。また、木材の選別など軽作業は、経験がなくてもできる仕事ですので、震災によって仕事を無くした方々の雇用を創出することもできます。
私も、津波被害の土壌改良に有効かどうかを自分の目で確かめたかったので、東京の事務所にて、被災した水田の土とこの堆肥を混ぜ合わせ、小松菜と二十日大根を育ててみました。概ね、順調に生育しています。亘理では、被災農地を使い検証を行っていくこととしています。
被災木材の処理コストの低減、土壌改良、雇用創出と、一石三鳥と思い、今、進めている事業です。
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三陸道河北ICを降りて、道の駅 上品の里を左手に見て、雄勝町方面に進路を取ると、東北有数の大河である北上川にぶつかります。その北上川の堤防上の道路を10kmほど走った所に、大川地区、さらに河口側に長面地区があります。暫くは、大川、長面地区には、災害復旧車両しか入ることができずに、この地区の様子が気になっていた私は、対岸の北上町から眺めること数度、漸く、7月4日に行くことができました。
児童108人中、74人が行方不明・死亡となった大川小学校の前には、墓石が据えられ、お花と絵が飾られていました。やはり津波の犠牲になられた大川小学校の教頭先生は、義弟が小学生だったころの担任の先生。墓石の前で、静かに合掌をするしかありませんでした。
さらに奥の長面地区は、北上川の堤防と太平洋に面した防潮堤が決壊しており、150haの水田が、海に没しています。この土地を再生させることができるのか、それとも国が買い上げなどを行うべきなのか、判断をしなくてはなりません。
先日の松本龍復興担当大臣と宮城県知事の会談について報道された映像をみました。
私としましても皆様に対し大変申し訳なく、深くお詫び申し上げます。
早速、明日抗議文を大臣に手渡します。
本当に申し訳ございませんでした。
昨日(1日)、石巻市雄勝町に行ってきました。雄勝町も、津波のために壊滅的な被害を受けた場所です。雄勝町の小、中学校にも、津波が最上階まで襲い、大きく損傷してしまいました。 今、雄勝中学校の生徒さん達は、 石巻北高等学校飯野川校に間借りし、勉強をしています。
私が訪れたとき、
生徒さん達は、体育館で太鼓の練習をしていました。太鼓は、タイヤで作ったものです。佐藤校長先生に、お話しを聞いたところ、8月20日に、「これまで支援して下された方々への感謝として太鼓の演奏」をするそうです。その本番に向けての猛特訓の最中でした。
実は、雄勝中学校の給食のことが問題となり、私のところへも「何とか改善することができないか?」と、多くの方から問い合わせを頂きました。
石巻市は、津波のため6つある給食センターのうち3つが被害を受けています。そのため、雄勝中学校においても簡易給食のため、ご飯(または、パン)、肉か魚のタンパク質系おかず、そして牛乳となっています。通常の給食なら、このセットに、野菜系のおかず、スープ(味噌汁)、デザートが付きます。
給食センターを再建するには、物理的に時間が掛かります。しかし、5月2日に可決した震災対応の1次補正予算の中に、「被災児童生徒就学支援等臨時特例交付金」という制度があり、給食の足りない分を、民間の仕出し屋さん等より取り寄せるための費用は、国が全額負担するというものです。ところが、この制度のことが、正しく、宮城県の担当課に伝わっていなかったようです。雄勝中学校の後、石巻市の教育委員会にも伺い、教育長さん、さらに、給食の直接の担当である学校管理課の課長さんに、この制度の説明を改めて行い、さらに、文科省より、課長さんに制度の説明を、直接電話でもして貰いました(以前も文科省より教育委員会に電話をして貰いましたが、課長さんにきちんと伝わっていなかったことも同時に分かりました)。さらに、今日、私の親しくさせて頂いている石巻選出の坂下県議会議員に、学校給食の県の担当課である教育庁スポーツ健康課にも、この制度を受け入れるように伝えて貰いました。これで、遅かったかもしれませんが、雄勝中学校を初め、近隣の学校給食の改善への一歩になると思われます。
震災対応の制度の情報が、スムーズに現場に伝わっていないことがしばしばあります。大規模半壊した家屋の解体に関することも、その一つでした。私たちも、国の制度を作ることで、精一杯になり、それがきちんと現場で反映されているかのチェックが甘くなっていたかもしれません。気をつけなくてはならないと肝に銘じています。
最近、できるだけ玄米を食べるようにしています(写真)。はじめは、モサモサしていてあまり好みませんでしたが、慣れてくると甘みもあり、白米よりおいしく感じられるようになりました。平日は東京、週末は宮城の生活です。東京にいると食事が不規則で、お腹の調子も良くない時があり、ちょっぴりだけ健康を考えて、玄米にしました。
今、私が所属している農林水産部会の中で、議論が紛糾している課題があります。「米の先物市場への試験上場」です。今、農家が生産した米の値段は、全農(全国農業協同組合連合会)が出来秋に示す「概算金」というもので、ほぼ決まってしまいます。昨年は、宮城のひとめぼれで、1俵(60kg) 8,500円と驚くほど安く、米農家は採算割れ必至の値段でした。昭和50年代後半には、1俵 20,000円もした米がです。
米の値段を、実質、全農だけが決めていることに、透明性という観点からいえば問題があると感じます。今回の先物試験市場は、透明性のある市場の導入という観点から公平性が担保されることになるであろうというのが、私の意見です。その一方で、市場ですから投機マネー参入により、主食である米の値段が乱高下し、農家にも、消費者にもデメリットなるのではないかとの意見も多数だされています。新しい農政がスタートしたばかり。また、震災被害が激しい東北は米の産地です。これらのことを考えても、いたずらに現場を混乱させてはいけないのではと考えます。
今日も会議において意見の統一を図ることができなかったので、これから(28日16時から)鹿野農林水産大臣の所に伺い、直接考えを聞くことにしています。議論が紛糾し纏まらないのは、この会議の事務局として大変なことですが、最近、続いていた「政局」だらけの議論よりは、ずっとましで、政治家として本来の仕事ができている充実感はあります。
南三陸に伺いました。発災後、初めて南三陸の志津川に入ったのは、3月19日だったと思います。登米市の上沼診療所の佐々木先生と一緒でした。20時過ぎの周りがすっかり暗くなってからのことでしたが、家屋が無くなり自分の知っている志津川の風景と、全く変わってしまったことに自失茫然としました。
今日、何度目かの志津川でした。まだ、少しづつですが、瓦礫の分別も進んで来ている様子。その中で、仮設スタンドから音楽から流れてきたことに救われた思いがしました。一歩一歩、日常に近づくことが大切と思います。
また、石巻市の北上は、随分と瓦礫の撤去が進んで来ていました。しかし、対岸の河南は北上川の増水のため浸水が一層酷くなっている様子。国の買い上げなどの議論を、早急に進める必要があります。
先日、浸水のことで伺ったばかりの塩竃市 野々島の中学校から、修学旅行で国会に来て下さいました(http://keiki-ishiyama.blog-bako.jp/archives/20110620.html)。 今年は、野々島にある浦戸中学校の3年生は、小川直希くん一人だけ。少し寂しい修学旅行ですが、校長の志小田先生、三浦先生(←古高の先輩でした)、春原先生と一緒に来て下さいました。少人数でしたので、普段は入ることがなかなかできない衆議院議長応接室や予算委員会が開かれる第一委員会室にも入って、見て頂くことができました。良い思い出になればと思っています。
何度も書いていますが、津波の被害の激しかった野々島ですが、修学旅行ができて本当に良かったと思います。
小川君、バドミントン、陸上、そして勉強、頑張って!
東京事務所です。12時半時点で東京は29℃と、仙台では32℃と暑い日になっています。宮城では、空梅雨にようですが、その一方、九州では豪雨と、近年は地球温暖化のためか極端な気候が多いと感じます。それでも、週末毎に宮城に戻り、田圃に出ると、毎週毎週、稲の丈が伸びて いるのを見ると嬉しくなります。
今週は、国会が空転しています。今日、6月22日は、通常国会の会期末。仮に延長が決まらなければ、今日で国会が終了という、信じられない、恐ろしいことが起きます。与野党協議が断続的に続けれており、当初、年末まで国会を延長が、4ヶ月、90日、50日、70日と延長の日数が、日替わりどころか、時間替わりし、マスコミでも、「何をしてるのだ!」と批判が高まっています。
残念ながら私のような平議員には、会期について云々する権限もなく、その反面、会期を決議する本会議がいつ始まるかも分からないため、国会の中に缶詰にされている現状です。
まさに、大いなる無駄、給料泥棒と批判されても仕方ない時間を過ごしています。
そもそも、国会に何故に会期があるかと言えば、日本の議会は、明治の帝国議会開設の時に、中世のイギリス議会を真似たとのこと。イギリス議会は、国王と市民から選ばれた議員とが対峙する議会構成であることより、通年を通して議会を開催していれば、国王は休みもないという状態になってしまう。そのため、国王が夏休みを取れるようにと、夏前に国会が終わるようにしたとのこと。
今の時代の変化の流れに沿っていない旧態然とした国会の原因の一つが、ここにあります。国会を会期など無い通年国会にしなくてはなりませんが、それには、場合によっては、憲法改正にまで議論が及ぶことになります。しかし、漫然としていては何も変わりません。今の現状に沿う国会にしなくてはなりません。
今ようやく、16時から本会議の開催が決まりました。70日間の延長となるようです。
昨日から今日の朝に掛けて野々島に行ってきました。塩竃市の沖合にある浦戸諸島には、野々島を初め、桂島、寒風沢島、朴島の4つの有人の島があります。震災の津波により、浦戸諸島では、多くの家屋が流され、3名の方が犠牲となりました。
野々島には、浦戸諸島で唯一の学校があります。塩竃市立浦戸第二小学校浦戸中学校(http://www.urato-jh.shiogama.ed.jp/)の小中併設校です。この学校は、学区を設けない特認校として、塩竃市内など本土より、汽船を使い、子供達が通ってきています。しかし、津波により、子供達が登下校に使う船着き場付近の護岸が大きく破壊され、しかも、地盤沈下のため、満潮時には海水が浸水してきます(http://www.keiki-ishiyama.net/eizo/media/eizo001005.3gp)。登下校の時と、満潮が重なる日には、晴れの日でも子供達は長靴を履いて登下校しなくてはなりません。
実際に、満潮時の様子を見て、子供達の安全のためにも、早期の護岸の整備と、少なくとも生活道路の嵩上げが必要と痛感しました。
今週は、震災のために延期になっていた浦戸中学校の修学旅行と、また、7月2日には小中合同の運動会が開催されます。早く、自然に恵まれた島での、元の平穏な学校生活を取り戻してあげたいと思います。
震災対応のことが、国会では続いています。当然、震災対応は、優先的、第一級事項ですが、通常の法案審議や制度評価も行わねばなりません。
今年度から本格実施となる農業者に対する「戸別所得補償制度」に対して、昨年度の実施されたモデル制度への評価が出てきました。それを受け、私が事務局長を務める戸別所得補償制度ワーキングチーム(WT)で、戸別所得補償モデル制度に対する総括を行いました。
野党側からは、この戸別所得制度を含め、子ども手当、高校の授業料の無料化、高速道路の無料化の4つの政策に対して、バラマキ4Kなどと呼ばれて批判されています。ところが、農家へのアンケート調査の結果では、4人に3人が「評価する」と答えています。また、小さな農家へも交付金を出すことが、バラマキ批判の対象となっているようですが、実際は、5ha以上の農家の加入率が、97.6%で、逆に、0.5ha未満の農家では、55.7%と、規模が大きい農家ほど加入しており、批判が的はずれと言えます。さらに、戸別所得補償の導入後、集落営農や農業法人の数が増加したこと、生産調整が進み、米の需給バランス調整が進んでいることなど、この制度のメリットを上げることができる結果となりました。
世界的な人口の急増と、温暖化等による砂漠化の拡大による農地の縮小、アジアの経済発展により、世界的な食糧危機を引き起こす可能性を含んでいます。その一方で、日本の食糧自給率は僅かに40%程。安い輸入農産物をいつまでも買えるとは限りません。今から、将来の危機に備えて、農業基盤の立て直しをしなくてはなりません。そのためにも戸別所得補償制度により、農家の経営支援を行っています。
震災の直後、食料品の品薄のために東京などでもパニックになりました。あのような食糧不足による混乱が恒常的に起こらないようにし、消費者の、国民の皆さんの生活の安定を図らねばなりません。そのためにも、日本の農業、漁業、林業といった第一次産業を守る必要があるのです。
注; 戸別所得補償制度への意見が6月17日付け日本農業新聞の記事となりました。ご参照下さい。http://www.keiki-ishiyama.jp/newspaper/pdf/2011_06_17_agri.pdf
昨日は、仙台で、JA中央会、NOSAI宮城、土地改良区、農業会議(農業委員)の皆さんとの意見交換会を行いました。宮城県の農業復興に向けての要望等を頂きました。しっかりと実現に向けて努力します。
さて、6月8日、品川にある食肉市場に行ってきました。地元の農家の方々が肥育した牛の枝肉が、競りに掛かる日でした。震災以降、宮城産の枝肉はA5(所謂、霜降り肉の最高級品となる)でも、1,700円〜1,800円/kgほど、福島産は、1,300円/kgほどでした。これは、大変安い価格です。一時は、A5で、2,300円程の時もありました。
通常、牛の肥育農家は、生後1年弱ほどの子牛を購入し、20ヶ月ほど飼育し、体重が700kg、枝肉にして500kgほどで出荷します。仮に、子牛を50万円で購入し、20ヶ月の飼育期間に20万円の飼料代(配合飼料や牧草代など)として費用が掛かったとします。A5の最高ランクの評価を得て、1,800円/kgであるならば、1,800円/kgX500kg=90万円の販売価格となります。90万円(販売価格)-70万円(牛の購入・飼育コスト)=20万円。20万円÷20ヶ月(飼育期間)=20万円÷600日=333円/日(1日当たりの農家の労賃)。
以上より、肥育の農家は、1日当たり1頭300円強ほどの労賃ということになります。牛を飼育していれば病気をし、治療代が掛かる時もあります。また、A5の評価を得るのは大変難しく、肥育の農家にとって、A5となれば「よーし、、やった!!!」という感じ、A4で「よっし!」、A3で「まずまずか」という感触で、当然、A2、A1ということもあります。A5が1,800円なら、A4で1,500円、A3で1,300円という相場となり、上の計算条件なら、1,400円/kg以下の価格になったら、20ヶ月間、牛を育てても、全くのただ働きとなります。
今、福島産、宮城産の肥育牛の枝肉の価格が低迷しているのは、長引くデフレ状況に、震災の自粛ムード、そしてなにより、原発の風評被害が原因です。地元の子牛市場も、肥育牛の価格低迷を受けて、10%〜15%ほど価格が安くなっています。
今日の午前中に開かれた農林水産部門会議でも発言しましたが、原発風評被害対策として、畜産農家への支援を行い、経営を支えていかねばなりません。
今年は、震災対応のため田植えもすることができずにおりました。田んぼ仕事は、全て父親任せ。しかし、今日の午前中は、少しだけ時間ができたので、畦の草刈りをしました。この時期は、最も草が伸びます。少し間を置くと、茫々とした草のため、草刈り自体も大変になります。
私にとって、考えごとをしたい時、気持ちを整理したい時は、草刈りが一番です。他の人が、ゴルフや、ジョギングなどをするのと同じかと思っています。
この所、震災のこと、政治や党内のゴタゴタと、理屈では通らないことが多く、自分自身納得がいかないことが続いています。少しだけ、綺麗になった田んぼに満足し、また、週明けしっかりと頑張っていきたいと思います。
先日、2度、福島を訪れました。目に見えぬ放射能汚染により、いつ終わるとも分からぬ避難生活を送っている皆さんが多くいられます。
その一方で、正確な情報が伝わっていないことも、また事実です。
現在も福島第1原発から連続的に放射性物質が出ていると思われている方も大勢いられるようです。しかし、今は、殆ど放射性「ヨウ素」、「セシウム」等は出ていません。仮に、今も原発から断続的に放射性物質が出て、広範囲に拡散しているとしたら、半減期の短い(8日)ヨウ素が大気中や、土壌、または農作物から検出されるはずです(注1)。ところが、当初検出されたヨウ素は、最近では検出されないか、測定のたびに減少しています。これらのことからも、新規の放射線物質が、空から降り続いているということは、殆どありません。
それでは、今、空間の放射線量率を測定すると高い値が観察されるのはなぜでしょうか?それは、半減期が長い(30年)放射性セシウムが土壌や、または、草や木の葉などに付着しているからです(注2)。つまり、今、検出されている通常より高い値の放射線は、空から降ってきているのではなく、地上から発しているということになります。次に、土壌などに蓄積したセシウムは、そこにずっと止まっているのか?というとそうではありません。セシウムは、一般的な元素で言うと、カリウムと似た性質を示し、「水に溶けやすい」という特徴があります。河川や海の汚染について別に論議する必要がありますが、雨や雪により、蓄積したセシウムは、徐々に流れ出します。
左上の地図は、文部科学省等が飛行機を使い地上に蓄積されたセシウムを測定し、作製した放射能汚染マップです。福島第一原発を中心として、赤が最も高い測定値を示した地域であり、順に、黄色、緑、水色と、セシウムの蓄積が少なくなっています。これをもとに、避難区域、計画的避難区域、緊急時避難区域とそれぞれ明示され、住民の方々は、それぞれの対応を行い生活をしています。実際に避難されている方々は、「いつ帰れるのか?明日なのか?一年後なのか?」と心に疑問を持ちながら生活されています。宙ぶらりんの生活を余儀なくされています。
最も辛いのは、この様な「宙ぶらりん」の生活ではないでしょうか?これでは、一人一人の方が将来の生活設計を描くことができません。言いにくいことでも指し示すのが、政治の役割だと考えます。
繰り返しですが、現在の放射能汚染について纏めると次のようになります。
1)福島第一原発から発する放射能は、無視できるくらいに低い。
2)今観測される放射線は、地上に蓄積されたセシウム(ストロンチウムなど一部測定が難しい放射性物質も含んでいる)が発生源である。
3)セシウムは、30年と半減期が長い。
4)一部のセシウムは、水に溶けて流出する。
このようなことを考慮し、正確な汚染地図を作製し、シュミレーションを行えば、今後の汚染区域の実際の放射線の推移を予測可能のはずです。それをもとに、辛い宣言かもしれませんが、例えば、「福島第一原発何km内は、5年間は住むことができません」、「この地域は、来年から大丈夫です」などの区割りができるはずですし、しなければならないことです。 現在のような、「なあなあ」の状況を続けることは、むしろ、放射能による被害を受けている方々を、さらに苦しめることになります。
政府の早急な決断を望むと共に、それが実行された後は、全ての議員が福島に赴きお一人お一人に説明しなくてはなりません。
(注1) ヨウ素は、半減期が8日。半減期とは、放射線を放出する力が半分になるまでの時間。つまり、仮に6月1日に、100Bqの放射性ヨウ素が検出されたとする。それは、6月8日に測定すれば50Bqに、6月15日は25Bqに、6月23日には12.5Bqになる。放射性ヨウ素は、急激に放射線を出す力を弱めていく性質がある。
(注2) 原子力事故などにより、放射性セシウムが放出されると、セシウムと同様に半減期が長いストロンチウムも放出されるとの事例がある。ストロンチウムは、専門家においても測定が難しく、また煩雑なため、この物質の測定があまり進んでいない。
東日本大震災復興基本法が、復興特別委員会で可決されました。
与野党協議の上での可決です。基本法の特徴としては以下の通りです。
1, 復興庁を設置
2, 復興債の発行
3, 経済特区を設けること
復興庁の設置は、私自身も当初より求めていたものでした。震災対応のスピードを鈍らせているのは、縦割り行政の弊害です。復興庁をどこに設置するまでは決まりませんでしたが、私は被災地であり、東北の中心である仙台にするべきと考えています。もちろん、震災対応に政治主導でフットワーク良く動けるようにしなくてはなりませんが、それと同時に手足となってくれる官僚をバランス良く配置するとともに、やる気のある若手を投入すべきと考えています。今は、現場からの要望があると、「この案件は、厚労省だ」、「そっちの問題は、国交省だ」などと、分かる人にしか分からないような体制です。それを改善し、国が係わらねばならない問題を、一カ所で済ませることができるようになる、所謂、「One Stop Service」を実現しなくてはなりません。
近頃、政治のごたごたばかりが報道されています。しかし、あまり報道されない所で、与野党協調のもと、大きく議論が進んでいる部分もあります。ご理解をお願いします。
2005年の夏。あの郵政民営化選挙の時に、民主党から出馬したのは、「国民と離れたところにある政治を取り戻す」との気持ちからでした。しかし、あの内閣不信任案以降、「政治は、国民と離れたところにある」と、多くの皆さんから言われています。あの時に私が感じたことを、今、多くの皆さんが同じことを政治に感じています。また、それを変えられない自分がいます。
昨年夏の参議院選挙、秋の北海道の衆議院の補欠選挙、春の統一選挙、そして先ほど、青森の知事選挙で民主党推薦の候補者が敗れました。何故、「民主党」が負け続けるのかを、私も、そして党の運営を行う執行部も考えなくてはなりません。
内閣不信任案に対する造反者を出さないようにするために、「解散を進言する」と言った党幹部がいました。きっと被災地に行ったことがないのだと思っていました。また、この3日間で、菅総理の辞任発言も二転三転していますし、それに対して政府関係者、党幹部も「七転八倒」するようなコメントを出しています。
明らかに「信」を無くす言葉が続けざまに出されています。国民の皆さんは、決して綺麗でなくとも、誠実と真実を求めています。もう一度、党の再生を含めて、新しい代表を選ばねばならない時が来ます。もう明らかに手遅れですが、民主党に所属するものとして、しっかりとした最後の判断をしなくてはなりません。
昨日、内閣不信任案が野党より出され、大差で否決されました。
冒頭、如何な理由にしても、震災復興途中で、またも、政治が国民の皆さんが望まない、ドタバタの政治状況に至ったことをお詫び申し上げます。
それを踏まえながら、今回の「内閣不信任案」に対して、自分がどのように考え行動したのか。また、今後、どのように行動していこうとしていくかを書きたいと思います。
私は、昨日の本会議前に開催された代議士会での「菅直人総理」、「鳩山前総理」の各発言前までは、白票を投じることに決めていました。つまり内閣不信任案に賛成する考えでいました。野党から出される不信任案に賛成することは、民主党に対して重大な「裏切り行為」にあたります。それは野球やサッカーの場合、試合中に相手方に利する行為をすることを想像していただければご理解いただけると思います。自分の党から出している総理に対して、または政府に対して「No」を突きつけることは、野球でいえば、わざと打ちやすい球を投げるピッチャーであったり、サッカーでは、わざとオウンゴールをした選手と同じ行為です。当然、白票を投じた後は、民主党を「除籍」という処分が待っていました。
しかし、私は、2009年の選挙では、民主党所属の石山敬貴ということで投票して頂いた方も大勢いらっしゃるとはいえ、民主党から任命された議員ではありません。党のことより、国のために、国民の皆さんのために、「良い方」はどちらか?を選択しなくてはなりません。今回の場合は、「震災の復興」のために、菅総理が日本のトップで被災地の皆さんにとって良いか、否か?の判断でした。その反面、復興の時に、総理を代えることは、却って、被災地の不利益との声も非常に多くありました。「激流で船を乗り換えるな」の格言もあります。しかし、私は、あえて、「船を乗り換えるべき」と判断しました。 それは、菅総理が、トップとしての決定的な資質に欠けると感じているからです。
「総理」の役割とは何でしょうか?国を背負う責任の大きさ、仕事の重みには大きいものがあるでしょう。しかし、会社の社長さんや、家族の大黒柱としてのお父さん(←もちろん、お母さんでもかまいません)も、リーダーとしての本質的に必要な資質に変わりはないと思っています。その大きな一つは、人として「信頼できるか」、ということです。
昨年の9月に、菅総理にとっては、6月に続いての代表選挙がありました。それを控えた8月下旬に私たち1期生を対象とした総理との意見交換会がありました。その時、私は、「菅総理になられてから、地方重視の方針や政策が弱くなっています。農業、漁業の戸別所得補償も含め地方政策を明確にお願いします」と言いました。それに対して総理は、「夢物語を言っている野党時代とは、与党では違う」との答え、私は、驚きのありまり、「それ(地方重視政策)を信用して、保守地盤の地方の方々が民主党に投票したからこそ、政権を担っているのですよ!」と返しました。それに対して、総理は、少し怒ったような口調で、「そんなことは分かってますよ!!」との返事でした。
私は、科学者時代から食糧安全保障の観点から、第一次産業を復興し、食糧自給率を高めることが急務と考えています。また、そのことが、地域経済の活性化、そして地方における若者の雇用不足を解消する方策と考えてきました。そのことは、2009年の選挙選における有権者の皆さんへの第一級の約束事であるし、当然、民主党の揺るぎない約束事と思っていました。まさか、そのトップよりあっさりと否定に近い言葉が出るとは思いませんでしたので、かなりのショックと、正直、「この人は信用できない」という気持ちが生じました。
後からこの会話のいきさつと、私が不信に思っているということが伝わったのか、菅総理から代表選挙前に2度ほど電話がきて、言葉が悪かったとの謝罪と、「与党になれば財源も含め検討しなくてはならないことが多く、軽々に約束できない」とのことが、「野党時代とは違う」との表現になったとの説明をされました。ある面において菅総理の、真面目さ、誠実さは感じつつも、次のように言わせて頂きました。「一国の総理が、言葉足らずだとか、ついついだとか言って貰っては困ります。総理の一言で、全てが動き出すのですから。」
あれから、9ヶ月が経ちますが、菅総理の、「言葉の表現の悪さ」(?)が続いてきました。それは、少しずつですが、国民の皆さんの心に積み重なり、不信感の増大になってきています。「嘘つき」とのレッテルまで貼られています。
しかし、今、この表現の悪さは致命的です。被災地の皆さんの信頼を失い、「国は何もしない」ということに繋がり、被災者の皆さんから再建、復興への希望を失うもとになっています。瓦礫の撤去、二重債務、滅茶苦茶になった漁港や田圃の復旧復興など難問が山積みです。そして、原発による放射線の問題、、、。莫大な予算と、それに伴う法律が必要です。財源の問題もあります。被災地、被災者の皆さんにとって、この国のトップから、今、欲しいのは、もちろん現実としてお金も必要ですが、まずは「大丈夫です。国が責任をもってやります。」との力強い言葉だと、私は思います。それには総理自身に、これまで蓄積された「信頼」が必要ですが、、、今の菅総理には、それはありません。
だからこそ、私は、白票を投じようと考えていました。 政治が一致団結(与野党共に)するためにも、「信頼」を感じられる方にトップになって貰わなくては困ると判断しました。代議士会において、「しかるべき時に若い人に引き継ぐ」と総理が、そして、鳩山前総理が、「基本法と、2次補正の目途が経ったときに」との言葉を、少しの疑念は感じつつも、また、是非はともかくとして、「退陣で話し合いが決まった」と解釈しました。総理の言葉は、重いと感じました。総理が辞めるとなれば、もちろん、野党から出された不信任に同調する大儀は、私にはありません。青票、すなわち、不信任案に反対票を投じさせて頂きました。
今日、東京から戻る途中に福島県飯舘村を訪れました。飯舘村は、原発事故の影響で、「計画的避難区域」に 指定されています。この「計画的避難区域」とは、来年3月31日までに、年間積算で20mSV以上の放射線量となることが推測されている地域です。5月末日までに、住民の皆さんには、安全区域へと避難することが求められていました。先日も、この5月末日を控え、村内にあるコンビニが一時閉店するとニュースで報道されていました。
飯舘村自体は、福島市と南相馬市の中程に位置する山村です。天気が良かった今日は特に、山の若葉が目にしみるようでした。道路は、車が行き来します。自転車に乗ったお婆さんも見かけました。田植えがなされていない田圃が山間に広がっている以外は、穏やかな牧歌的な風景です。
「いつ」まで、故郷を離れなければならないのか?それを未だに国は、皆さんに出せずにいます。昨日、不信任案が野党より出され、否決されました。しかし、津波の被災者、原発の被災者に、将来を指し示すことができていないことに現政府の最大の問題があります。
福島県の家畜や、畜産・酪農家が気になっていました。今日、福島県田村市の地元の方の案内を頂き、避難指示区域、緊急時避難準備区域に一部が指定されている福島県田村市に行ってきました。
福島第一原発から20.8kmの位置にある酪農農家、渡辺さんの乳牛は、原発事故当初、渡辺さん家族が避難をしていたために、餌を十分に与えることができなかったために、随分と痩せていました。平時であれば、渡辺さん宅は、日産、約1,000Lで、10万円の売り上げがあるとのこと。もちろん、現在は出荷規制のため収入がゼロとなっています。また、近隣の牧草もヨウ素、セシウムの濃度が依然高いため粗飼料として食べさせることができないので、コスト高の輸入した牧草を食べさせるしかありません。それでも、渡辺さん宅の原乳から検出されていた放射線量は、随分と下がり、規定値を下回ってきたとのこと、早く生産を開始したいと意欲的に話してくださいました。
また、和牛繁殖農家の本田さんの農場は、同じ田村市でも、規制区域外にあるためか
、放牧場の牛たちも心なしかのんびりとした様子。先日開催された本宮市の市場は、全国から買い手がつめかけてくれたおかげで、牛の値段が下がらなかったとのこと。一安心したとともに、全国からの支援に大変感謝しておられました。
その一方で、和牛の枝肉は、東京、埼玉、仙台の市場を見ると、間違いなく、福島産を初め、宮城、茨城産の牛の肉の値段が下がっています。しっかりと安全性の確認を怠り無くしつつ、風評被害をなくしていかねばなりません。
今日は、中学校2年生の息子の中体連であった。彼は、中学になってから柔道部に所属している。どちらかというと、気弱な性格なので格闘技は向かないのではと思っていたが、本人なりに頑張っているようであった。結果は、驚くことに「準優勝」。1年生との対戦が多かったことが、この結果のようであるが、来月は県大会に行くことになるとのこと。自分の中学の時は、バスケットに、陸上、駅伝、水泳、さらにはスキーと、何れも郡の大会には出たものの、どれも県大会に行くことができなかった。そのことを考えると、「良くやった!」と純粋に感動した。
夜に、小さな子供達を持つ親御さんと放射線について意見交換を行った。
政府と東電の対応の悪さに、皆さんは大き不安を抱いておられた。福島の原発のことがなかれば、普段、放射線について考える必要がなかったであろう方々である。Bq、SV、Gyと単位系も複雑である。どの位の空間線量であれば安心なのか、どの位の線量まで野菜や牛乳は安全なのか、ころころ変わる政府方針(←少なくても皆さん方は、そう感じている)のため、何を信じていいのか分からなくなっているようである。
小さな子供は、放射線に対して3倍の感受性があるという。「自分たちは、良いけど、小さい子供達が心配だ」と、語っておられた。昔とった杵柄を少しだけ生かし、自分なりに皆さんの持つ放射線に対する疑問に答えさせて頂いた。少しは、心の荷を下ろして頂けたら幸いである。
来年の今頃は、自分の背丈をおいこしそうな息子である。柔道の寝技を掛けられると、びくとも動くことができない。子供の成長を嬉しく思いつつも、片手で抱っこすることができた頃の自分自身の気持ちを少し忘れていたようである。
本日、東日本大震災復興特別委員会で質問しました。
通常、委員会における「質問」とは、「政府」の作る法案や予算に対して、賛同したり、ケチをつけたり(修正を求めたり)、さらには、提案をしたりします。よって、質問に対する「答弁」者は、各省の大臣(総理大臣)、副大臣、政務官といった政府側の人間となります。しかし今日は、いつもと違い、「参考人」と呼ばれる方々に対しての質問でした。「参考人」とは、委員会において、より調査等が必要な事柄について、専門家や、より情報をもっている方を指し、その「参考人」を委員会に呼び、意見を聞くことができます。今日は、震災にあった各県の商工会、農協、漁協の幹部の方々に来て頂き、復興のための意見を聞かせて頂きました。
このブログでも何度も触れましたが、中小企業や商店の経営者、農家、漁家にとって、復興への障害となっているのが「二重債務(ローン)」問題です。地震・津波で会社が流された、養殖施設や船を失くしてしまった、農業用機械が津波により全て壊れてしまった等、復興を行うためには、当然ですが全てお金が掛かります。しかし、どの業界においてもゆとりのある人は殆どおらず、これまでの負債(借金)を抱えているのが現実です。再建のためには、借金に借金を重ねることをしなくてはなりません(二重債務)。これでは、「俺、辞めた!」となります。しかし、被災県は、第一次産業や中小企業が、経済を支えてきました。それが立ち直らなければ、雇用は無くなり、経済も低迷したまま、極端なこと、誰も住まない地域となります。
本日の「参考人」の方々からも「二重債務の解決を!」との強い要望が出されました。昨日のこの委員会において、枝野官房長官は、「出資という形など、融資ではない補助金として再建を行っていく方向や、債権を買い取るような機構の創出など、二重債務の解決に向けて検討している」という答弁をしていました。まだ、「これだ!」という回答ではありませんでしたが、間違いなく前向きな検討をが行われています。
被災された松島や塩釜の商店の経営者の方々は、「今すぐに再建資金が出なくても、『こうする』という前向きな国の方針が聞ければ、頑張れる」と語って下さいました。まだ、この要望には、完全に答えられませんが、一筋の光明が見えてきています。
最近、放射線の問い合わせが多くなってきている。また、ネット上においても、各人で測定を行い公表している人も多い。その中で、「公式」なデータは、偽造されていると主張している方も見受けられる。
しかし、自分で測定を行う人は気をつけて欲しいことが幾つかある。以下は、線量計に限らず、研究機具(実験装置)を扱う時の心がけでもある。正確なデーターを測定するための装置操作の基礎知識として心がけて頂きたい。
1, 線量計により、検出感度が違うということへの理解
同じ線量計でも、放射線に対する検出感度が違う。つまり、メーカー間による違い、さらに、同じメーカーでも機種の型番が違えば、同じ時間、同じ場所で測定しても、違う値を示すことはざらである。23日21時から放送されたNHKのニュースでも、このことには触れられていた。ある実験室内で、異なる線量計を並べて測定したところ、一方は「0.047μSv/h」で、もう一方は「0.060μSv/h」を示していた。分かり易い例を出せば、体重計でも、異なる体重計であれば、体重に差が生じた経験を持つ人は多いのではないか。家で計った時より、健康診断で計ったときの方が「体重が増えていた!」というような経験である。また、同じ「車」でも、メーカーや、車種によって性能が違うのと似ている。このようなことは、実験用の機器では、常に付きまとうことである。だから、論文や学会発表の時は、使用した実験装置の「メーカー名」、「型番」を明記する決まりになっている。公表されているデーターに疑問を持っている人や、自分が測定した値と公式発表が異なる場合は、その公表されているデーターが測定された地点に行き、実際に測定してみると良い。線量計の場合、上下20%までなら誤差の範囲と考えて差しさわりがないようだ。しかし、0.1μSv/hと公表されているにも関わらず、正常に動作する線量計で測定したところ、仮に1.0μSv/hという結果を得た場合などは(この場合は、10倍違う)、新たな事故が起きていない限り、公式データーに偽造の疑いがある。
2, 一回限りの測定は、信憑性が低い
通常、線量計は、計測時間を設定することができる。1秒、5秒、20秒、1分といった具合にである。計測時間が長い方が、より平均化されて、正確な計測ができる。一度、高い値が出たとしても、一喜一憂せずに、同じ場所で何度か繰り返してみると良い。例えば、「0.3μSv/h」、「0.1μSv/h」、「0.12μSv/h」、「0.09μSv/h」となれば、明らかに、「0.3μSv/h」は、異常値であり、通常は除外して考えたほうが真の値に近い(もちろん、異常値が正しい、または、何らかの真実を示唆していることもある。その時は、さらに何度か繰り返して測定を行う。上記の場合なら、これらの測定値の後に、仮に、「0.33」、「0.29」、「0.31」、「0.29」、「0.34」などと出れば、「0.1」、「0.12」、「0.09」が異常値である可能性が高くなる)。自分が使用した線量計の場合、20秒を1測定時間として設定した。さらに、機器の特性のため、測定値の振れが大きい傾向にあったことより(「0.05」、「0.17」、「0」といった具合に)、この振れを平均化するために、10分間の測定を行った。例として、測定開始0秒〜30秒、「0.15」、30秒から45秒、「0.05」、45秒から1分30秒、「0」、、、、、と10分まで記録し、次に、この10分間における放射線の蓄積量(μSV)を計算し、時間当たりに換算することにより、「μSv/h」の値として算出した。
3, 自然放射線量を把握する
自分たちは、自然界から放射線を常に受けている。宇宙から飛来する宇宙線、また、地表などからも放出されている。東北電力のHPによると0.99mSv/1年間と見積もらているが、地域によっても微妙に違う。日本の平均は、1.4mSv/1年間(内部被爆も含む)で、世界の平均は、2.4mSv/1年間となっている。世界中には、イランのラムサールのように日本の20倍も自然放射線が強い地域もある。一般に、高地ほど自然放射線量は強くなり、また、緯度が高いほど増す傾向にある。気象条件などにより、同じ地点においても自然放射線量は、計る時によって違う。例えば、盛岡では、0.014〜0.084μSv/h、仙台は、0.018〜0.051μSv/h、長野では、0.030〜0.097μSv/h、山口では、0.084〜0.128μSv/hである。実際に、計りたい地点の自然放射線量を知るには継続した測定が必要である。便宜的に、0.05μSv/hがほぼ平均的と考えて良いのではないだろうか。
以上のことに留意して、22日に加美町を中心、8地点にて測定を行った。
その結果、0.043〜0.130μSv/hであった。ちなみに、自宅内で測定したところ、0.068μSv/h(外よりも高い値となった)であった。
この結果より、少なくとも測定した加美町の地点においては、健康被害等が心配されるような空間放射線量ではないことが分かる。
蛇足ながら、本日(23日)、夕方の関東ローカルの天気予報で、「今日の各地の放射線量」の値を知らせるコーナーがある。北茨城では、0.19μSv/h、水戸では、0.11μSv/hであった。「健康には、問題ない空間放射線量です」と、コメントをしていた。 この値なら、自分も問題ないと判断する。
追; 福島原発事故以来、福島はもちろん各地域において放射線による汚染が、皆さんの心配事となっています。今回の記述は、空間放射線量について書きました。しかし、先日、宮城において牧草より放射線(セシウム)が検出されたように、土壌、植物が汚染されている可能性があります。それが健康に害を与えるか否かの検証(それを証明するための放射線測定)は、始まったばかりです。随時、情報が入り次第、このブログに掲載させて頂きます。
丸森町、大崎市で栽培されていた牧草より、乳用牛、肥育牛に食べさせる基準値(300Be/kg)を超える放射線が検出されました。畜産農家の皆さんは、宮城県より牧草利用可能の指示があるまで、「震災以降に刈り取られた牧草」を乳用牛、肥育牛に食べさせることを控えて下さい。
このことにより生じる畜産農家の経費増大を含めた損害は、原子力賠償法により担保されます。特に、1, 牧草に代わる飼料を得るための費用増大分、2, 牧草を販売できなくなったための売上高の減少などは、補償の対象となりますので、飼料購入の領収書、廃棄しなくてはならなくなった牧草の量などを正確に保管、記録をお願いします。
宮城県、農水省からの詳細な資料は以下より参照願います。
http://www.keiki-ishiyama.net/keiki_top/media/keiki_top001001.pdf
5月19日 いつもご意見メールを下さる地元の先輩、「たっちゃん」さんから、本日、また問題提起をして頂きました。所謂、震災による中小企業・商店経営者の皆さんの復旧・復興に係わる「二重ローン」問題についてです。まず、「たっちゃん」さんのご意見の要旨をお読み下さい。(注; オリジナルは、当ブログ内に掲載。 「終わりましたか」を参照願います。 http://keiki-ishiyama.blog-bako.jp/category/1452512.html)
昨日、多賀城から野蒜〜石巻を見てきましたが、結論からいって会社を守らなくてはいけません。 上場企業においては資本力からにして何とかなるでしょうが、しかし小さな会社はあれでは、非常に厳しい状態ですね。 日本ささえる根の部分にあたる、「零細な地元企業は孤独死状態に」なると思われます。 国は5年3年とかのスパンで融資や無利子の話をだしていますが、それは通常の時代の話であり、あの現実に対応してないでしょう。無利子、据置が、20〜30年ならともかく。 必要とする資金の借りる相手がしかたいけど銀行となれば、審査のディテール関しては国は銀行任せになる。従って、 借りることの決断も厳しいし、条件も厳しいということですよね。 東電等には厚く保護(」AL、銀行・・・等)してますが、 地元の企業の復興支援にも公的資金(企業向けの特別補助金制度、せめて、 農業の補助金みたな発想の確立?)が必要です。 今回このようなものが導入されなければまず相当数廃業倒産になるでしょう。せめて資金調達の20〜50%は国が出すからみたいな特効薬がないと絶対に復活できず、つまり東北は復興にいたらないことになります。 現政策では社長の20%はたぶん自己破産。国やメディアの評論家は「日本は中小企業が大事なんです」とよく言うけど、本当に真摯にそう思っているのでしょうか? 今日も愚痴ってしましましたが、何とかしてくださいね!
以上が、「たっちゃん」さんの意見です。
すでに、震災復旧に係わる1次補正予算が執行され始めています。しかし、被災された農業者・漁業者に比較すると、中小企業や商店経営者(以降、単に、会社とします)の支援措置が極めて少ないのが事実です。現在、会社への支援策としては、据置や無利子化の延長を含む融資枠の拡大措置しかありません。具体的には、被災した会社は、政府系金融機関(日本公庫、商工中金)からの低利の融資(一定期間実質的な無利子化)を受けられます。また、信用保証協会に国から支援し、そして、「民間金融機関の債権の100%保証」をすることなりましたので、民間金融機関は、被災した会社に信用リスクなしに貸し出せるようにはなりました。しかし、「たっちゃん」さんの指摘にあるように、被災地の多くの会社は、これまでもぎりぎりの経営を行ってきていました。すでに、多くの借金を抱えているといった状態です。
建物自体が完全に流失した会社はもちろん、「ブティックを経営していたが、服を全て流されてしまった」、「営業用のタクシーが23台、やられた」、「リースしていた器具が流されたが、リース会社からは月々のリース代の請求が来る」など、被災した会社経営者の方々から様々な被災状況の話しを頂いています。さらに、2ヶ月以上、会社を閉じているため、当然、収入はゼロです。もちろん、経営者の方々も生活をしていかねばなりません。この様な状況下で、心も折れ、「もう一度、借金してまで、会社を再開はできない!」との多くの声を頂いています。
国会では、すでに、「二重ローン」問題に対しての議論が重ねられ、様々な意見が出されています。例えば、1, 生活支援も含めて旧の状態に戻す費用の何割かを国が支援する。2, これまでの借金の何割かの穴埋めをする。3, 今までの借金の借り換えを薦めるとともに、新しい借金と一本化し、超長期の無利子ローンとする、4, 被災した会社の様々な税を控除する、などの案が出されています。地域経済を立て直すためにも、「たっちゃん」さんの言う通り、超法規的な措置をとらねばならないことに間違いはありません。
しかし、次のような意見もあり、考えねばならない点もあります。それは、「以前の借金は、震災とは関係のない借金であり、それを支援するのは如何なものか?また、それを行えば借金していなかった会社に不公平感を与えるのでは?」との意見です。さらに、これまでの国の方針では、「個人の私有財産や営利目的への支援は行わない」との大原則もあります。これら諸問題を解決するのは、政治の役割です。
震災前より、地方は雇用が少なく、若い人たちは地元に残れず、都会へと出て行き、お年寄りだけが残されるといった高齢化社会が顕著に進んできました。その一方で、大企業の下請けでありながらも、代替がきかない特殊技術をもっている会社も沢山あり、その会社が機能しなくなったために、親会社の生産も落ちているといったことも起きています。人口の流出を防ぎ地域社会を守るためにも、日本経済の復興のためにも、中小企業への直接支援はやはり不可欠です。
本日の本会議において、野党の議員からの「二重ローン」についての質問があり、それに対して、枝野官房長官は、「解決に向けての検討の指示が、総理からの既に出ている」と答えておりました。私も、明日から正式に発足する「東日本大震災復興特別委員会」のメンバーに選出されたことよりも、なお一層、被災した会社への支援策を練って行きます。
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5月18日 連合の皆さんで組織する支援ボランティアが宮城県美里町にベースキャンプを設置して、石巻市での瓦礫の撤去や、汚泥処理などのボランティアに当たることになりました。
全国各地より、自動車総連、運輸総連、そうしてJECの組合の皆さんを中心に、27名の方が、美里町に到着。19日より、石巻に入り活動されます。すでに、これまでも連合の皆さんは、岩手の一関と仙台にベースキャンプを設けて、気仙沼、石巻、亘理の支援を行ってきて下さいました。今回、より石巻にテコ入れするために、移動も容易な美里町に拠点を置くことになりました。一週間毎に、メンバーの方々の入れ替えがあり、少なくとも7月までは続けて下さるとのことです。
皆さん、仕事があるにもかかわらず、有休を取られ、駆けつけて下さったことに感謝致します。ありがとうございます。
5月17日 第4回となる「国難に立ち向かうための勉強会」で、同期の空本誠喜議員(http://www.soramoto.com/)より、改めて、4月19日に文部科学省が示した学校等の校舎・校庭等の「年20mSv基準」の見直しを行うべきとの意見と、如何に、この基準が根拠のないものであるかについて、話をして下さいました。
年に20mSvの放射線量とは、時間当たりに換算すると3.8μSvとなります。通常、私たちは、大気、地表、その他の物より放射線を浴びて生活をしています。日本における自然放射線は、年で1.4mSv、時間当たりにして0.16μSvです(注、測定の方法、または誤差などにより公表されているデータにもばらつきがあるようである。年間に0.99mSvとするデータもある)。今回の20mSv基準は、少なくとも、日本の平均の自然放射線量の14倍以上となります。
その一方で、18歳未満の作業を禁止している「放射線管理区域」では、時間あたりの換算で0.6μSv(年では、5.2mSv)までしか認められていません。また、20mSvは、ドイツの原発労働者などの特殊作業を行う方に適用される最大線量に相当します。さらに、子どもは、大人の3倍も放射線に対して感受性を示すと言われています。
今、福島の学校の校庭では、「穴埋め方式」という、剥ぎ取った表土と下層の土を入れ替えるやり方で、放射線の除去を行っています(「穴埋め方式」では、剥ぎ取った表土を放射性廃棄物とせずに、放射能の除去を行える)。対策を充分に行うとともに、「20mSv基準」を直ちに見直すべきです。
私は元科学者です。仮に、科学者の立場として、「20mSvは、本当に危険なのですか?」、「20mSvでは、本当に病気を起こすのですか?」と問われたとします。科学者は、科学的な根拠や実証データがなければ、明確な回答をすることができません。もちろん当然のことですが、これまで「20mSvの様な放射線環境下で曝露させたような人体実験」など行われたことなど無いわけですから、従って、これらの問いに対して科学者は、「安全とも、危険とも断言できません」や、「ならば、外では遊ばないようにした方が良いのでは」、といったような非常に曖昧模糊な回答になります。
しかし、政治家とは、「危機管理(危険回避)」を念頭に、「判断(決断)」することが役割です。子ども達の健康に対して100%の担保できないのであるならば、判断として、この20mSv基準を下げ、それに見合う対応をし、将来への危機管理を行わねばなりません。
同じ九州の話しとして、3月12日、震災の翌日は、九州新幹線の全線開通日でした。この全線開通を祝い放送される予定であったCM(http://www.youtube.com/watch?v=UNbJzCFgjnU)が、今、密やかな話題になっています。九州新幹線沿線に、1万人の人たちが集いWaveを繋ぐというもの。見させて頂くと、ほっとするような、暖かさを、九州の沿道の皆さんから感じられるCMです。震災のため放送自粛となりましたが、むしろ、「東北を励ますのでは!」との声もあります。
沢山の応援と、皆さんの努力で、少しづつ、前に進んでいます。
5月14日 今週は、多賀城中学校、大和中学校、色麻中学校が、修学旅行で、国会に来てくれました。特に、色麻中学校は、私が住んでいる加美町の隣、色麻町にあることより、話してみれば、親戚の子が二人もいたり、突然、「たかかげのおとうさんでしょう!」と息子の名前が出て、声を掛けられたかと思えば、息子と小学校の頃にミニバスケットで一緒だった子達でした。さらに、引率をしてきた旅行代理店の高橋くんは、古川高校の同級生で同じサッカー部仲間、今、色麻中学校で英語を教えているのは、やはり高校の同級生の藤村先生と、いやいやご縁があるものだと、改めて不思議な感じがしました。
2005年に初めて選挙に出させて頂いてから、接する方々は、それ以前より10倍、20倍にも増えたと思います。もちろん最初は知らない方でも、話してみると、父や母の知人であったり、遠縁に当たる方であったり等等、何かかにか、ご縁があったりすることが多いです。「人って繋がっているだな」と思うことが多々あります。
南三陸から色麻に避難して来たという子も、すっかり他の子供たちと仲良くなって、国会を見て廻ってくれました。
この様な時だからこそ、人と人との絆を想い、助け合って生きて行くことの大切さを感じています。
これまでの国の支援策を分かりやすくまとめたハンドブックが内閣府より出されました。ご活用下さい。
1, 生活再建ハンドブック
http://www.keiki-ishiyama.net/keiki_top/media/keiki_top001003.pdf
2, 事業再建ハンドブック
http://www.keiki-ishiyama.net/keiki_top/media/keiki_top001002.pdf
中小企業庁主催の合同就職説明会が開催されます。この震災により、内定取り消しをされた方も多くいられます。是非とも、この機会をご活用して下さい。
日時 平成23年5月30日(月) 11時から17時まで(開場10時30分)
場所 TICビル 4Fイベントホール 仙台市青葉区一番町4丁目9番18号 (http://www.tic-sendai.co.jp/)
詳細は、以下よりお願いします。お読みになられた方は、是非、お伝え下さい。
http://www.keiki-ishiyama.net/keiki_top/media/keiki_top001001.pdf
厚生労働省より、「生活支援ニュース」が出ています。
当面の生活費は?、失業保険は?、健康を維持していくためには?など、被災され、特に避難所で暮らす方々の生活を支援するため情報が記載されています。是非、これをお読みの方は、避難所で暮らしのお知り合いの方に伝えて下さい。
詳細は、以下よりお願いします。
http://www.keiki-ishiyama.net/kourou/kourou.htm
事業所が全壊・流出した直接被害者や、原発事故に係わる警戒区域等内の中小企業者に対しては、5年間据え置きで、3年間実質無利子で1億円まで借りることができます。
東日本大震災復興特別貸付は、1)直接被害者(地震・津波被害や原発事故に係わる警戒区域等の方)、2)間接被害者(直接被害者の事業活動に相当程度依存している方)、3)風評被害等の影響などによる他の震災関連により業績が悪化した方が対象となります。
詳細は、以下より、「東日本震災復興緊急補償と特別貸付の概要」と「中小企業向け支援策ガイドブック」をご覧下さい。
http://www.keiki-ishiyama.net/keisan/keisan.htm
さらに、中小企業、商店経営の方で、融資等のことでの相談は、「中小企業電話相談ナビダイヤル」をご活用下さい。
0570-064-350(9時より17時30分、土日・祝日を含めて実施)
農林水産省から被災した漁業者、農業者の皆さんに、「復旧」のための支援策を記載した分かりやすいパンフレットが出ましたので掲載しています。
http://www.keiki-ishiyama.net/nousui/nousui.htm
漁業者
1, 5人以上の漁業者でグループを作り、漁場の瓦礫などの回収を処理などを行うと支援が受けられます。
労賃 1日1人当たり 12,100円(半日 6,050円)
船舶 1日1隻 21,000円〜91,000円(トン数に応じて変わります)。トラックなどのレンタル費用も出ます。
2, 養殖施設の復旧の支援を行います。
被害を受けた13万円以上の養殖施設が対象となります。
3, 漁業者が共同で利用する漁船や定置網の建造や取得に関して支援を行います。
補助率は、国が1/3、都道府県1/3です。補助残1/3に関しては無利子融資を利用することができます。
農業者
1, 農作物の生産が困難となった被災農家が経営再開に向けて共同で行う取り組みを支援します。
復旧作業を行う農業者に対して、復興組合等を通じてその活動に応じ経営再開に支援金を支払いします。
共同で復旧作業を行う場合、水田3.5万円/10a、路地野菜4.0万円/10a、施設野菜5.0万円/10aなどの支援を行います。
2, 畜産に関して、飼養再開に関わる共同作業を行う場合には、家畜・家禽の頭羽数当たりで支援金を交付します。
更に、詳細な情報は、以下よりお願いします。
5月11日 震災より二ヶ月が経ちました。4月30日より宮城に戻っていたので久しぶりの東京です。東京は、すでに蒸しており早くも梅雨の気配を感じる天気です。今日は、出迎えることができなかったのですが、多賀城中学校が、明日、明後日には、七ヶ浜中学校、大和中学校、色麻中学校が、国会へ修学旅行で来ます。震災のため、楽しみにしていた旅行が行われるかどうか心配だったと思いますが、来ることができた子供たちは、本当に良かったと思います。一生の思い出を作ってくれればと願っています。
その中で、先日、昨年は一番最初に修学旅行に来てくれた浦戸中学校を避難所とする野ゝ島と、桂島に三度伺いました。桂島の内海区長さんより、桂島は、高齢化も進んでいることより、将来、一人一人が住宅を持つより、高台に集合住宅を作りたいとの話しを頂きました。その集合住宅には、ロービーを設け住んでいる人達に加え、島の方々の集会所として利用したり、たまに帰郷した方々が宿泊できるようにしたいとのことでした。さらに、高齢者が集団で住むことになるので、介護施設をも兼ねることができるのではとの提案でした。
今の時点では、この内海区長さんの提言に答える支援策はありません。しかし、今後編成される2次補正に向けても、島の新しい生活スタイルを想起させる提言と受け止めております。
5月10日 震災後、古川(大崎市)の十日町で店を再開したソマキ(楽器店)さん、Amenitiy House TAMANO(化粧品、美容アドバイス)さんを訪ね、お話しを聞かせて頂きました。震災前まで、ソマキさんは七日町で、TMANOさんは十日町の元々のお店で営業をしていました。しかし、地震により店舗が酷く損壊したため、十日町の現在の店舗を共同で借りて、営業を再開しています。
3月11日の地震では、津波により沿岸部の被害が甚大ですが、内陸部においては、家屋や店舗の倒壊、道路の亀裂、凸凹が酷い状況です。地震よるだけの被害を考えれば、大崎市一円が目立っています。加美町方面から古川駅に向かい車を走らせると、三日町、七日町、十日町、そして台町商店街と続きます。3月11日の本震と、それに続く、4月7日の強い余震により、これら古川の商店街に与えた損傷は大きく、特に三日町、七日町、十日町では、店舗の大規模半壊、歩道の損傷に著しいものがあります。
私がまだ子供の頃(30年以上前)、母親に古川に買い物に連れて行くと言われると、小躍りし、前の晩は眠れぬほどでした。高校生となり、古川高校に通うようになり、七日町でバスを降りるようになりました。子供の頃に憧れた街に毎日来られるようになったことに、少しだけ大人になった気がしました。旧小野田町のような田舎に生まれ育った私にとって、七日町を中心とする古川の商店街は、まさに「都会の象徴」でした。
今、その街が大きく痛んでいます。しかし、ソマキさん、TAMANOさんら若いお二方は、この機会だからこそ、この商店街を変え、立ち直らそうと、語っておられました。震災に対する国の支援策は、商工業者に対しては、まだまだ不完全です。しかし、地域経済やコミュニティーを考えれば、その復興は重要です。制度として、お二方のような熱い気持ちを持っておられる商工業者の方々を、応援する政策を作らねばと考えています。
5月9日 石巻市北上町の宮城県青年農業士の会長を務める小原田良一さんを訪ねました。北上町と河北町は、北上川を挟んで、南北に位置しています。津波は北上川を遡上し、堤防を破壊、北上、河北町に、水が流れ込みました。小原田さんを初め、多くの農家の方々の水田が冠水しました。水が引いた後も、家屋の残骸が水田には散乱し、また、海水が流れ込んだこ
とにより、稲を育てるためには「除塩」を行わなくてはなりません。そのため、今年は、この地区の稲作農家は作付けできず、従って、水田からの農業収入はゼロということになります。さらに、小原田さん宅の作業場を見ましたが、トラクターや乾燥機といった農機具も津波被害で、殆ど使い物にならなくなっています。被害総額は、1億円になると、小原田さんは言っておられました。先日、可決した1次補正予算では、作付けができない農家のための支援策を打ちだしました。しかし、まだ小原田さんのように被災された農家に、その支援内容が十分に伝わっていません。先日も、このブログに書きましたが、「情報」を正しく早く現地に伝えることが、復興の第一歩と考えられます。
また、震災当初、北上地区の避難所の一つとして使用されていた橋浦小学校をも訪ねさせて頂き、小山校長先生よりお話しを聞きました。北上町の吉浜小学校、相川小学校の建物が津波により壊滅的な状態になったことより、両小学校の子供達は、今、橋浦小学校に通ってきています。相川小学校の子供達は、スクールバスで、約30分掛けて、橋浦小学校に通っています。しかし、沿岸部の道は、まだまだ復旧されていないところも多く、さらに、満潮時の高波に注意しながら通学している状況です。また、橋浦小学校には、それぞれの学校ごとに3つの職員室が置かれているものの、子供達は、同じクラスで勉強しているとのことです。震災に負けず、元気に勉強してくれることを期待しています。先生方にも、ご尽力をお願いします。
5月6日 加美町鳴瀬地区にある中新田交流センター(http://www.town.kami.miyagi.jp/kanko/index.php?option=content&task=category§ionid=4&id=88&Itemid=42)には、南三陸町、女川町、福島県南相馬市などから、約60名の方々が避難して来られて、生活をされています。この交流センターは、旧鳴瀬小学校の校舎を改装し、様々なイベント事や宿泊施設として利用されている所です。
避難所の黒板には、避難してこられた方々を励まそうと、ボランティアの方々の予定がぎっしりと書き込まれていました。加美町中新田の方の虎舞い、黎明高校のコーラス部の方々など。さらに、私のご近所の西塚さんが、子供達が喜ぶだろうと、金魚を持参して来られました。ご支援を頂いている皆さんに感謝いたします。
さらに、今日、お話しをさせて頂いた南三陸町戸倉から来られている後藤一磨さんは、偶然にも、私の中学時代の恩師の親友とのこと。震災後、50日以上が経過して、復興に向けて動き出すためには、被災者の方々が、これまで抱えてきている債務が問題になると指摘しておられました。一般の家庭においても、企業の経営者の方々にしても、長引く経済の低迷のために、少ない方でも何かかにかの借金を抱えています。国から個人への支援は、例えば、「被災者生活再建支援」にしても、家を建て直すとしても、津波によって家が流出した場合、また、全壊の場合でも、300万円程の交付に止まっています。さらに、経営者の方々が再建を目指そうとしても、これまでの債務と、新たな債務といった『二重債務』とならざるを得ません。政府は、『ゼロからのスタート』と言いますが、まさに、被災者の多くの方は、『マイナスからのスタート』になってしまいます。
これまでの国の支援策には、実は、大原則があります。それは、「個人の私有財産や、営利目的の助成は行わない」との原則です。しかし、今回の震災は、その原則に従うには、あまりにも甚大すぎるのではないでしょうか?地域経済、地域コミュニティーを壊し、これまで以上に地方の疲弊を招くのではないでしょうか?
後藤さんが言っておられました。「国は、国民一人一人があっての国である。今、その一人一人が塗炭の苦しみにある。これを捨て置けば、国の崩壊のもとでは」、と。
私自身も、これまで取ってきた国の施策に原則論があるのなら、「国民があっての国家である」との、もう一方の原則があると確信しております。
5月5日 昨日(4日)より、岐阜の阿地波吉信(http://www.achiha.jp/)さん、長崎の川越孝洋(http://www.dpj.or.jp/member/?detail_4091=1)さん、宮崎の道休誠一郎(http://www.s-dokyu.com/)さんが、宮城に入ってくださり、被災自治体、また避難所を一緒に廻って頂きました。彼らは、普段より仲良くしてくれている同期の衆議院議員です。昨日は、多賀城、塩竃、七ヶ浜、松島、東松島、石巻と、各自治体からの現状と、国への要望、被災現場の状況を調査させて頂きました。さらに、阿地波さん、川越さんは拙宅に泊まり、今日は、大崎市の被害状況と、南三陸の避難所を訪問させて頂きました。被災地の現状を知って頂くことにより、改めてお三方には、肌感覚を持って、被災地の復興に向けて、励んで頂けると期待しております。ありがとうございました。
南三陸の避難所では、避難所の診療の責任者である西澤匡士先生より、「避難所の医師が不足していること」、「避難所に入院設備を、」との意見を頂きました。避難所で暮らされている方々の十分な健康管理をするためには、後2人の常勤医師が必要とのこと。しかも、長期戦となることより、『助っ人』ではなく、1年、2年と南三陸にいてくだされる医師が必要とのことです。また、現行の医療法では、断水している場所に入院設備を設置してはならないとのこと。しかし、平時とは違うこの状況下では、超法規的な措置を望むとのことでした。早速、国や政府に、先生の要望を訴えていかねばと思っています。実際、私たちが避難所に伺っていた時間内にも、救急車が2台来て、急患を他の病院へ搬送して行きました。避難所の被災者の皆さんの命を守るためにも先生の意見を重く受け止めねばなりません。
また、気仙沼市本吉町蔵内の「有限会社オイカワデニム」さんを訪ねました。ここは、「スタジオゼロ」(http://www.zerodenim.com/products.htm)の名でジーンズを作っている会社です。震災以降、この会社の社長の及川さんは会社を開放し、そして、ここを拠点として、蔵内地区の皆さんが一丸となり、生活と復旧に務めて来られています。ちょうど、私が訪れた時、地区の方々で会議をしておられました。この地区には、漁業者も多いことより、「わかめの養殖」からの復興を図ろうと詳細な計画を練っておられる最中でした。しかし、全ての養殖施設は津波で流されています。一次補正予算には、国が共同で漁具を購入する場合には助成金を支払う、との項目もあります。是非是非、早期に挑戦して頂くように、お願いしました。また、その会議の場におられた三浦さん(漁業会社を経営)の話では、震災直後より、蔵内地区の方々は、一丸となって自主的に瓦礫撤去を行い、漁場の回復にも努めてこられたとのこと。「今、始めなければ、子や孫の代に、幸多き三陸の海を伝えられないから、、」と話して下さいました。
「オイカワデニム」の及川さん、そして三浦さんを初め、自分のふるさとへの想いの深さと、後ろを振り向かずに、「前に進むしかない!」との強い気持ちを、その視線に感じました。
南三陸町役場危機管理課の三浦課長さんが、言っておられました。「亡くなった職員の分も、生かされた自分たちが全力を尽くします」と。
私たちは、これらの声に全力で答えなくてはなりません。
5月3日 栃木の衆議院議員 福田昭夫先生と事務所の皆さんが、雨合羽100着を持って、塩竃事務所を訪ねて下さいました。東北大学出身の福田先生は、梅雨時の宮城の肌寒さは良く分かっておられ、「雨降りの時に外で作業をされる皆さんへ、、」とのことでした。ありがとうございます。その後、七ヶ浜町の菖蒲田浜近辺を見てまわって下さいました。
塩竃漁業協同組合の鈴木組合長を訪ねました。昨日成立した1次補正には、大きな被害を受けた漁業者の方々への復旧メニューが多くあり、それを伝えさせて頂くことを目的に伺いました。塩竃漁協は、県内の漁業の合併が進んだ中で、牡鹿漁業とともに、合併には加わらず、独自のスタイルを通してきた組合です。鈴木組合長の話では、「情報が不足しており、国の支援策も良く伝わってこない」とのことでした。
今回の震災により、家計を支えている方を無くした方、家が流出された方、仕事を無くされた方など、被災者お一人お一人で状況が異なります。震災直後に出された「災害救助法」、そして今回の「1次補正」と、まだまだ不十分なところも多々ありますが、被災者の方への支援策が沢山あります。多くの避難所でも聞いたことですが、「自分が、どの支援を受けられのか分からない」との言葉でした。情報の伝達不足を感じます。
もちろん、私たちもしっかりと伝える努力をさせて頂きます。しかし、お願いとしては、HPにも様々な支援政策を載せておりますので、行政の皆さん、各種団体、また社労士、税理士、弁護士などの皆さんには、支援策をご理解頂き、被災者の皆さんにお伝えするご協力を頂きたいと思います。宜しくお願いします。
注)被災者の皆さんへの国の支援策は以下を参照願います。
5月2日 2001年9月11日。アメリカからの帰国が目前に迫っている時の出来事でした。今も、あの衝撃を忘れることはできません。今日、その首謀者であるオサマ・ビンラディンが殺害されました。ホワイトハウスの前や、ニューヨークで歓声を上げるアメリカ人の映像がニュースで流れています。違和感を感じます。
『憎しみは、憎しみを生み、報復は、報復を招く』のではないでしょうか。
5月1日 4月6日に補正予算検討チームに、私から補正予算に盛り込むべき項目を「要望書」として提出しました。昨日、補正予算が衆議院を通過、本日は参議院の予算委員会で審議、明日、参議院で可決の予定です。
「どれほど要望が反映されたのか?」との、ご指摘を頂いたこともあり、詳しい検証を行いました。結果、8割がた提出した意見を反映させて頂いたかと受け止めています。
被災者の方々が、使い勝手が良く、生活再建に向けて元気が出るように、今後、運用面でもフォローアップしていきたいと思っています。 本格的な復興予算は、2次補正予算でということになります。また、皆さんからのご意見を聞かせて頂きたいと思います。
注)黒字が「要望書」のオリジナルの文章
青字が同様の質問を委員会で行ったときの答弁
茶字が「要望書」の要求項目に対応する補正予算の項目
平成23年4月6日
震災復旧対策への予備費使用、1次補正予算編成に対する要望
衆議院議員 石山 敬貴
1. 当面の仕事を被災者に与えるための雇用に関する負担
瓦礫の撤去、運搬、選別などに関わる作業 仮設住宅の設置に関することに関わる作業 地方自治体をサポートする作業 看護、介護に関わる仕事 保育、教育に関わる仕事 電気設備、上下水道などのライフラインの復旧に関わる作業 消防団、指導隊等の被災地の治安を維持するための作業
様々な形で被災者の雇用に関する支援制度が創設されました。
l 役場事務補助、避難所の高齢者への支援、安全確保パトロールなど様々な事業が可能としている。これに自治体が直接被災者を雇うことをお願いしている(4月14日 災害対策特別委員会にて、厚労省 中沖剛 高齢・障害者雇用対策部長の答弁)。
l 小宮山副大臣を中心に「日本は1つ仕事プロジェクト」を立ち上げる。国からの交付金で都道府県に基金を増勢する事業である「重点分野雇用創造事業」に震災対応分野を追加した(4月14日 災害対策特別委員会にて、厚労省 中沖高齢・障害者雇用対策部長の答弁)。
l 被災した漁業者等が瓦礫等回収処理等を行うことに対して、賃金を出して雇用することを検討中(4月13日 農林水産委員会 筒井信隆農林水産副大臣の答弁)。
l 被災した漁業者に対して、漁場復旧対策支援事業で、漁業者グループが行う漂流物の回収などの取り組みへの支援(漁業者一人当たり12,100円/日、漁船1隻当たり21,000円/日(15トン未満の場合)支給(1次補正 農林水産省)。
l 被災した農業者に対して、被災農家経営再開支援事業において、農業経営の再開を支援するため、農業者が地域で行う復旧の取り組みに対して支援金を交付。総額52億円を見込んでいる(1次補正 農林水産省)。
l 重点分野雇用創造事業の拡充を図り、都道府県に設けたこのための基金を積み増しし、都道府県・市町村において被災した失業者の雇用機会を創出する事業を実施(1次補正 厚生労働省)。
l 特定求職者雇用開発助成金の拡充を行い、被災離職者及び被災地域に居住する求職者を雇い入れた事業主に対して50万円(中小企業90万円)を支給する特例措置を実施(1次補正 厚生労働省)。
2. 医師、看護士、及び介護士または、被災者の健康を維持するために必要とされる作業に関わる人員の確保、及び、賃金に関しての負担
3. 透析等の重病を患う被災者の他病院への移動に伴う費用
l 2.と3.においては、災害救助法の範囲で対応(厚生労働省)。
4. 病院施設の復旧に関わる費用
補正予算には、病院や学校の復旧費用が大きく盛り込まれ、早急な復旧を目指します。
l 医療施設等の災害復旧(被災した医療室等の復旧に係わる施設整備に対する国庫補助率を引き上る 1/2→2/3 例; 公的医療機関など)、保健衛生施設の災害復旧(被災した保健衛生所(保健所、火葬場、食肉衛生検査所、精神科病院などの復旧に係わる国庫補助率の引き上げ)、さらに、社会福祉施設等の災害復旧(被災した介護施設等の復旧に係わる施設整備に対して906億円(1次補正 厚生労働省)。
l 仮設診療所等の整備を行う。被災者への診療を確保するため、仮設診療所、仮設歯科診療所、歯科巡回診療車の整備への補助に、14億円(1次補正 厚生労働省)。
5. 保育園、幼稚園、小中学校、及び教育機関の早急な復旧及び、被災した児童、生徒の学業に関わる負担
仮校舎建設に関わる費用 校舎の応急処置や補修に関わる費用 被災した児童、生徒の給食費、学級費など学校費用 被災により失った児童、生徒の教科書、文房具、制服・運動着などの教材への支援
l 学校施設等災害復旧費に、1,831億円、学校施設耐震化に、340億円(1次補正 文科省)。
l 初等中等教育に対して、被災児童生徒就学支援等臨時特例交付金(仮称)の創設を行い、震災により就園、就学等が困難となった幼児児童に対して支援に、113億円(奨学金事業、私立高校等授業料等減免事業、学用品事業、特別支援教育就学奨励事業、幼稚園就園奨励事業)(1次補正 文科省)。
l 高等教育に対して、家計急変に伴う奨学金の緊急採用(4,700人分)に、35億円(1次補正 文科省)。
l 大学に対して、国立、私立大学の就学生に対して授業料減免の拡充に、41億円(1次補正 文科省)。
6. 避難所の被災者の衛生、及び健康を維持するために必要な機器の設置と維持に関する費用負担
洗濯機、乾燥機、掃除機 上記の機器を運転するための発電機や燃料も含む 屎尿処理に関わる負担 入浴施設などの設置
l 2.と3.においては、災害救助法の範囲で対応(厚生労働省)、及び、早急な仮設住宅の設置により対応行う。仮設住宅に関して、以下8.の項に詳細説明。
7. 被災者が失った運転免許証、健康保険などの各種証明書を早急に対処するためのシステム構築と、人員確保、雇用に関する負担
l 各自治体などにおいて、運転免許証など各証明書を、無償にて再発行、再交付を行っている。費用に関しては、震災に係わる特別財政需要に対応するために特別交付税で対応(1次補正 総務省)。
8. 被災者の他地域への移動によって生じる受け入れ自治体の費用負担
受け入れ自治体による被災者へ提供される食料、生活物資等へ費用 受け入れ自治体が提供する仮設住宅の設置、維持に関する費用負担
震災による自治体の経費を補うために地方交付税の増額、また、仮設住宅設置は全額国庫負担が決定しました。
l 仮設住宅7万2,000戸、民間住宅の借り上げにより1万4,000戸の設置に、3,626億円(1次補正・厚生労働省予算、5月2日成立見込み)。(因みに、平成23年度予備費による手当と合わせて約10万戸を設置予定)。
l 震災に係わる特別財政需要に対応するために特別交付税の総額の増額(1次補正 総務省)。
9. 震災に伴って自動車を失った被災者(離島では、移動手段、沿岸漁業として使用する船外機等)、及び自治体への自動車購入に関わる負担
税金の免除 代替支援など
車を失った被災者の方々への代替支援として、自動車取得税、自動車税、及び重量税が免税となりました。
l 車の滅失あるいは損壊した自動車に変わるものを購入した場合、自動車重量税、自動車取得税を非課税にする方向で検討中(4月14日 災害対策特別委員会にて、東祥三内閣副大臣の答弁)。
l 漁船については新しく造る。それから被災していない地域の中古船を取得するという双方について、被災された地域の漁業者の方々ができるだけ早い段階で手に入れられるよう支援する(4月14日 農林水産省水産庁 宮原次長)。
l 共同利用漁船等復旧支援対策事業で、被災した漁船・定置漁具の復旧ため、漁協等が行う漁船・定置漁具の導入に、274億円(1次補正 農林水産省)。
l 自動車取得税、自動車税、軽自動車税、及び重量税に関しては被災代替自動車であれば、自動車取得税が平成26年3月31日までの間に取得すれば非課税に、自動車税、軽自動車税は、平成23年から平成25年までの各年度分を非課税とする(平成23年4月19日 地方税法の一部を改正する法律案 総務省)。 (注、重量税は国税)
10. 早急に被災地の商工業港、及び漁港、主要幹線道路などの復旧、復興に関わる負担
l 漁港施設内・漁船の泊所、航路については災害復旧事業として可能ですでに行っている。漁業・養殖業の再生のために漁場・養殖場の瓦礫の撤去は不可欠となりますので、この面の瓦礫の回収処理の支援も早急に検討中。資金は国の予算と地方財政措置ということでできる限りのことをしたい(4月14日 農林水産省水産庁 宮原次長)。
l 河川、道路、港湾、下水道、空港などの早急な復旧ために、総額9,662億円(1次補正 国交省)。
l 漁港、漁場、漁村等の復旧のために、総額308億円(1次補正 農林水産省)。
11. 被災した事業者に対する長期無利子無担保融資制度
被災した事業者に対する支援策として、無利子をも含む低金利融資制度が創設されました。
l 私学事業団への無利子融資(5年) (1次補正 文科省)。
l 日本政策金融公庫による生活衛生関係者営業者等への融資(設備資金や運転資金を低利で融資すために、国が利子補給等の資金を出資)(1次補正 厚生労働省)。
l 被災漁業者や漁協等を対象とした災害復旧関係資金について、実質無利子化、無担保・無保証人及び代位弁済経費等へ助成(1次補正 農林水産省)。
l 農業経営復旧等のための金融支援として、天災融資資金の実質無利子化、公庫資金等の無担保・無保証人での一定期間実質無利子化、民間融資の特別保証等の実施(1次補正 農林水産省)。
l 被災した中小企業等の資金繰りの円滑化を図るために、「東日本大震災復興緊急保証」により、債務保証を行う信用保証協会に対して、全国信用保証協会連合会が損失の一部を補填するために必要な基金の造成費の補助として、396億円(1次補正 経済産業省)。
l 被災した中小企業に対して、日本政策金融公庫が、低利融資を行うために必要な支援として、625億円(1次補正 経済産業省)。
l 小規模事業者経営改善資金融資の拡充により、商工会、商工会議所、都道府県の経営指導員が経営指導を行うことにより、日本政策金融公庫が無担保、無利子、低利で融資を行う(1次補正 経済産業省)。
l 中小企業基盤整備機構補助金は、事業所などが全壊または流出した中小企業や原発事故に係わる警戒区域内の中小企業に対して、日本公庫等が行う融資について利子補給(無利子化)を行うために、100億円(1次補正 経済産業省)。
12. 迅速に被災調査を行うための費用負担
l 津波被災市街地の復興手法調査、河川復旧等調査、海岸事業調査、港湾復旧調査、道路交通状況調査、鉄道施設調査、鉄道施設調査、災害復興計画基図緊急調査(1次補正 国交省)。
13. 早急に地盤沈下などの国土調査を行うための費用負担
l 未だ、補正予算、震災復旧・復興関連法案等に組み込まれていない。(要検討)
4月30日 ゴールデンウィーク中に国会が開設されるのは、49年ぶりとのこと。今日、東日本大震災復旧のための平成23年度1次補正予算が衆議院で可決されました。全党一致の可決です。この補正予算の総額は、約4.1兆円で、瓦礫の撤去、仮設住宅の建設や壊れた港や道路の修復といったライフラインの復旧と被災者の皆さんの生活支援に当てられます。明日より、参議院で予算委員会が始まり、5月2日に成立の運びとなります。
私自身も、災害特別委員会で2回、農林水産委員会で1回、補正予算の編成による意見や質問をさせて頂きました。特に、農林水産関係においては、支援を期待する被災した農家や漁業者にわかりづらい部分もあります。その一つは、農業者が、農地に散乱した瓦礫の撤去等に従事し、助成金を得る場合、わざわざ「復興組合」を作らねばならないこと。被災し、今年は水田に作付けもできず、生計をいかに立てるか不安と失望の中にある農家の方々に、新たに組合を作らねばならないとは、不自然かつ、現場の感覚に沿っていないと感じられました。委員会においても、制度は制度としても、運用において被災した農家の方々に不便を感じずに、さらに、農業経営の再建に意欲を持って取り組んで貰えるように、配慮する旨を強く述べさせてもらいました。
さて、冒頭にも書いたように、この1次補正予算は、「復旧」のための予算であり、「復興」の予算ではありません。本格的な、「復興」のための予算は、6月末ごろまでに決めていくことになります。被災地の街づくりをどのようにしていくのか?壊滅した産業を立て直して行くには?さらには、災害対策は?と。1次予算よりも、さらに現場の声や意見から出てくるお知恵を使わせて頂き、被災地の今後10年、20年、さらには100年後を見通した街づくり、地域づくり、さらには、新たな日本の創生へと繋げていかなくてはなりません。
そのためにも、この1次予算の執行に関しては、もたもたせずに、スピード感を持ち、はっきりとした態度で、政府には臨んでもらいたいと思います。
4月25日 地元の先輩のお父様が亡くなり、今日、葬儀に参列しました。先輩のお父さんは、長い間、肺気腫を患っていたそうです。ストーブや温風ヒーターだと呼吸が苦しくなるとのことで、冬場の暖は、コタツや電気毛布でとっていたそうです。3月11日の地震により、停電となりました。特に、11日は、雪が降る寒い夜となりました。暖をとることができなかった、先輩のお父さんは、肺炎を併発、それが亡くなる原因となりました。「父も震災の犠牲者です」と、先輩は喪主の挨拶で語っておられました。
先日、大崎市議会のある市議会議員さんより聞いた話です。津波に遭い、長時間水に体がつかり、その時、低体温症になった方が脳梗塞で亡くなられたとのこと。亡くなられた方は、震災後、水に浸った下半身に、ずっと違和感を持っていたとのこと。この話しをしてくれた市議さんは、「血栓ができたのではないか。いずれにせよ津波に遭わなければ、、」とも語っていました。
お二方の死を、直接、震災関連死と結びつけることは難しいかもしれません。しかし、あの震災により、間接的にも被災されている方が、あまりにも多くいることを示す事実と思われます。
4月24日 東日本大震災復興構想会議に私からみた異論反論です。私は、この会議では、真に被災地が望む復興構想は出せないと考えています(以下、文の性質柄、です、ます、調を改めます)。
以下が、復興構想会議の趣旨である。
未曾有の被害をもたらした東日本大震災からの復興に当たっては、被災者、被災地の住民のみならず、今を生きる国民全体が相互扶助と連帯の下でそれぞれの役割を担っていくことが必要不可欠であるとともに、復旧の段階から、単なる復旧ではなく、未来に向けた創造的復興を目指していくことが重要である。このため、被災地の住民に未来への明るい希望と勇気を与えるとともに、国民全体が共有でき、豊かで活力ある日本の再生につながる復興構想を早期に取りまとめることが求められている。
このため、有識者からなる東日本大震災復興構想会議(以下「会議」という。を開催し、復興に向けた指針策定のための復興構想について幅広く議論を行うこととし、会議の議論の結果を、復興に関する指針等に反映させるものとする。
この復興会議の趣旨に対して非常な違和感を覚える。
まず第一に、『被災地の住民に未来への希望と勇気を与える』とある。『与える』とは、何事であろうか?一昨年の総選挙においても争点になった『地方分権、地域主権』の流れを鑑みれば、『与える』とは、中央集権的な発想そのものであり、この震災の政府の後手後手の対応を見れば、その中央集権的な手法は全く機能していない。
もしこの会議をするのであるならば、被災地より多くの構成員を選ばなくてはならない。東北のこれまでの風土・伝統、住民感情を正しく把握している人間を選ばねばならい。そして、何より、中央から、東京から見下すように、投げるのではなく、被災地よりボトムアップ形式でその復興の草案を出すようにせねば、被災地が望まぬ、現場に不適合な計画になる恐れが高くなると感じる。
第二に、『何故、すぐに財源議論か?』 である。1)ベストの復興計画を作る。2)それに対して、必要な費用を換算する。3)そして、その財源をどうするかを考える。以上の手順が正しいのである。
本来、財源は、この時こそ『国債』にすべきである。100年もののような、非常用超長期国債にする。本来、税を予算をいじるべきではないと考える。
第三に、学者が多すぎである。学者は、責任を取る立場にない。あくまで専門家としてのアドバイザーである。官僚は、忠実な実務遂行者であるべきである。 本来、責任を取る立場にあるのは、政治家だけである。この震災対処なら政治家は現場を把握し、それに対しての対処の方向性をきめ、実行に移す決断する。
この会議を継続するには、上記の修正が必要と考える。そもそも、私は、『東日本復興庁』を創設すべきと考えている(政府は、非常に消極的。これだけ、様々な組織を作っておきながら、組織を作るより、実行を重視するとのコメントが政府高官より出ているが、、)。そして、復興庁は被災地に(仙台が適地であろうが)置くべきである。そして、復興庁のトップは当然政治家から出し、復興に関する全権を委任する。やる気のある若手官僚を片道切符で招集し、被災地の現場、自治体の意見が直接反映できるようにすべきである。
今回の震災の復興は、会議の趣旨にもあるように、『未来に向けた復興』であれば、矮小なことでは駄目であり、経済や社会の立て直しに加え、将来必ず訪れる災害への対策を完全に講じるものとせねばならない。さらに、今回の震災で明るみになったように、エネルギー不足、食糧不足に対応するような復興でなくてはならない。
被災地のニーズを吸収すると共に、世界に誇れる範となるような国、地域作りの復興とせねばならないのである。
以上より、政府の復興構想会議のあり方の再考を願う。
4月23日 昨夜、車で東京を出て、自宅に着いたのは午前1時30分ごろでした。朝方に掛けて、少し雨脚が強くなり、風も吹いてきたのだと思います。古い自宅ですので、雨と風で時折、『ガタガタ』と音がしたのだと思います。そのたびに、『はっ、』として、何度も目が覚めました。震災以降、何度も余震が続いています。体が揺れに対して、敏感になっているようです。
先日の災害特別委員会で質問をした一つに被災者の方々が、「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」を煩っていないか、についてでした。全てを飲み込んだ津波を目の当たりにした方、親しかった人を亡くした方、さらに、目の前で、同級生などを失った子供達、そのショックは計り知れません。
普段は大丈夫でも、PTSDは忘れた頃に発症することもあるそうです。行政的にも、子供達を中心に、「心のケア」に務めなくてはなりません。さらに、津波を経験された子供の親御さんには、注意深く見守って頂きたいと思います。
4月19日 1期生だけによる勉強会を立ち上げました。名称は、「国難に立ち向かう勉強会」です。今回の震災対策を協議し、政府や党に提言し、必要とあれば議員立法を目指す勉強会です。発起人は、石津政雄、稲富修二、、岡田康裕、玉木雄一郎、空本誠喜、森本和義の各議員に、私の7人です。
本日のテーマは、震災の被害状況と現状の政府の対応に関する検討です。私から、「被災地からの報告」として、この震災から学んだ災害対策として日本の社会制度としての不備を指摘させて頂きました。石津議員からは、「原発問題による農作物の風評被害」について報告がありました。 また、空本議員からは、「原発の対応と現状の対応の問題点」が示され、続いて、「退去者や農業者に対する原発被害による賠償」に関して、玉木議員より述べられました。今後も、震災対応に関して、週に一度ほどのペースで開催することとします。
この勉強会は、純粋に政策を機軸とした震災対応を目指した勉強会です。しかし、不思議なことは、逆に面白いことは、また違う表現をすれば、悲しいことは、新しい『政局の動きか!』と捉えられ、また、一部のマスコミでは、すでにそのように報道されていることです(しかも、きちんとした取材もなされないままに、、、)。今、民主党内においても、何グループ、某グループとの色分けがなされ、それがあたかも常に対立し、政策ごとが全く議論されていないように報道され、国民の皆さんもそのように感じておられるとの事実があります。それこそが実は、ステレオタイプの、ある一面からしか物事を見ていないことであると感じざるをえません。また、国会議員と言えば、まるで自己保全の塊で、自分のためだけに行動しているように見られていることも非常に残念です。
私は、同僚の1期生は、それぞれに素晴らしい、尊敬できるキャリアを持った人たちが大勢いることを知っています。例えば、今日の勉強会でスピーカーとなった石津議員は、茨城県大洋村の村長を4期も務めた地方自治のプロですし、空本議員は、まさに原子力を専攻した工学博士です。また、玉木議員は、元財務官僚で金融・財政のプロです。他の同僚議員にも、前職においてその道を究められた方々が大勢いるのが今の民主党1期生の特長です。今こそ、未曾有の大災害に接し、復旧・復興を全ての分野において行わねばならない時だからこそ、それぞれの1期生議員が持っている真の力、それぞれの専門分野を究めた経験や知識を総動員して臨まねばなりません。その力を引き出せる勉強会にしていきたいと考えています。
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4月18日 海上保安団(仮称)が必要でないかと考えています。震災発生以降、陸においては、人命救助、行方不明者の捜索、さらには防犯・防火パトロールに、地元の消防団の方々が尽力されています。今回の震災においては、陸だけでなく、海の被害も甚大です。津波に巻き込まれ海で、未だに行方不明になっていると考えられる方々も大勢いるでしょうし、さらに、漁港から流された船、漁具、養殖施設が海に散乱している状態が続いています。しかし陸の消防団のような組織は、海にはありません。
何度かこのブログにも書かせていただいき、これまで支援物資の応援を頂いたPCGA(フィリピン海上保安補助体)の皆さんは、まさに、「海の消防団」です。フィリピンでは、平時は、海の環境向上及び啓蒙活動、密漁防止のパトロールを行う。しかし、有事には、海での救援活動等を行う組織です。
今回の広域にわたる震災で、「民」の力の重要性が改めて認識されています。私は、陸の消防団にあたる組織を、海上保安庁のもとに『海上保安団』として創設し、災害時に、活動していただけるようにすべきと考えます。
4月17日 ボランティアの皆さんの活躍に、感謝します。ありがとうございます。津波が襲った被災地では、家に入った『泥』を払い作業が続いています。厚さ数cmに溜まった『泥』を払い作業は、大変な重労働です。お年寄りだけの家庭では、なかなかできない作業です。そこで、ボランティアの方々が、そのお手伝いを献身的にしてくださっています。昨日(16日)には、私が仲良くしている議員の秘書さん達、約20名が東京から来てくれて。多賀城市内で『泥』払いをして下さいました。女性の方もいらしゃいました。また、この期間、私の秘書の阿部眞喜も、友人達と一緒に、塩竃市内の『泥』払いをやってきました。
先日、広島から来てボランティア活動をしている青年と話をしました。彼は、ボランティアの受け入れ体勢を少し改善すれば、参加されている方も、受ける側も良いのにとの指摘をしてくれました。多くのボランティアセンターは、朝の9時から始まります。しかし、ボランティアの方々は、もっと朝早くから来られる方も多くいるとのこと、開所を早くできないかとのことでした。
私には、小さな指摘かもしれませんが、大きな問題をはらんでいると感じました。ボランティアが必要とされるのは、非常時です。それを平時の感覚で受け止めているためのミスマッチと感じます。非常時には、非常時の対応が必要だと思います。例えば、この場合では、朝の6時頃からセンターを開所すれば良いのかもしれませんが、受け手とすれば、ボランティアにそこまでさせられないとの思いもあるようです。この様な意識の相違を埋めるためにも、ボランティアのことは、全てボランティアの方々に任せるシステムを作らなくてはならないと感じました。
今回の震災で物資の搬入で大変お世話になっているPCGAの方々は、日本においても『プロ』のボランティア組織が重要だと言っておられます。常時、災害を想定し、そして訓練している組織を作らねばならないという考えです。そして、いざと言うときに、災害の状況に応じて、稼働し、そして、その時折で参加してくれる『アマ』のボランティアの方々を統御し、適材適所で活躍してもらうようにすべきであると言っておられます。アメリカでは、このような『プロ』のボランティア団体が、企業などの支援を受け活躍しているとのことです。関西大震災の後も、日本でも、このことが議論されたそうですが、達成されることはありませんでした。
また、災害は来ます。その時も、多くの方々が、ボランティアとして被災地に入ってくれると思います。その皆さんの思いを、よりよく生かすためにも、今から考えていかなくてはならないことであると思います。
4月14日 災害対策特別委員会で、東日本大震災に関する質問をしました。被災地の現場の皆さんから頂いた意見を参考に、『早急』な復旧・復興に繋がる事項に関して発言しました。
1. 避難所の方々の健康の維持と、心的ケアの必要性。
地震、津波の恐怖、さらには、近親者を失われたという心的な痛みを被災者の皆さん受けておられます。その痛みを和らげるカウンセリング等の治療が必要との意見をさせて頂きました。さらに、同様に震災以降、不眠不休で救援活動、行方不明者の捜索活動を続けてこられた自衛隊、警察官、消防士の方々にも同様のケアが必要との意見もあわせて述べさせて頂きました。
2. 被災者の方々の雇用の促進
復旧に向けて、被災者の方々の生活再建を目指すためにも、仕事を失った方などに仕事をして頂き、それに対し国が賃金等を出し、支援することを求めました。回答としては、行政のサポート役、防犯協力などの仕事を考えているとのことです。さらに、昨日の農林水産委員会では、生活基盤を失った漁業者の方、また、冠水のために農業ができなくなっている農家の方々に、それぞれ港や漁業水域、冠水した水田の瓦礫の撤去作業に従事して、当面の生活再建に役立てて頂きたいとの回答がありました。
3. 瓦礫の撤去と仮設住宅
瓦礫の撤去を行う際に、その手順が充分に情報として伝わっていないのが現状です。例えば、「国が全額費用を負担してくれるのか?」、「個人で、瓦礫の撤去を業者に依頼していいのか?」など。昨日、環境省から「災害廃棄物処理事業の取り扱いに関するQ&A(その2)」が出され、随分と瓦礫の撤去の手順について明確になりましたが、改めて、委員会で質問をさせて頂きました。回答としては、倒壊家屋などの解体及び撤去の費用は、国が全額費用を負担するとのこと、さらに、自治体の許可を得る必要はありますが、個人で業者に瓦礫の解体、撤去を依頼することもできます。さらに、仮設住宅の建設に関しては、県だけでなく、市町村も、県に連絡して、発注してもよいとのことです。
4. 農業設備の被害と、その早急な復旧の必要性
被害が軽微と言われている宮城県の内陸部においても、家屋の倒壊、道路の陥没、亀裂、凸凹などの被害が出ています。その中においても、農業用水路(開水路、パイプライン)、用排水のための機場、溜池などに被害が出ており、作付け間近にして田植えができるか否かの問題になっています。その早急な復旧を行うよう意見をしました。
5. 自治体や土地改良区などへ損傷箇所の早急な復旧を行うために損害の概算金の前渡しを行うべき
今回の震災は、非常に広域です。詳細なことまで、国が行おうとしたら、復旧・復興は大幅に遅れてしまいます。被害が軽微であった自治体や、上記のように水田の水利を管理する土地改良区などは、自己の管轄内の被害状況をすでに粗々把握しています。国は、自治体や該当する団体が産出した被害に対する概算金を支払い、独自に修復等の作業を依頼できるようにすべきとの意見を出させて頂きました。国としては、不正なお金の使い方があるのでは、との危惧があるのでしょうが、スピードを持って復旧するとの第一義的な命題のためには、現場に任せることが一番であると考えています。もちろん、不正などがあった場合は、ペナルティーを課すべきです。
6. 漁港、漁業水域の瓦礫の撤去、及び小型船舶の再取得に対する支援を
津波のため漁港や沿岸の漁業水域には瓦礫が沈んでいます。これを国が責任をもって行うことを求めました。また、漁業者の方々の生活再建のためには、船(小型船舶)が必要です。船の再取得のための支援を行うように求めました。
7. 自動車の再取得への支援を
東北においては、日々の生活、通勤、仕事において自動車は欠かせない必需品です。しかし、宮城県においても16万台以上の自動車が津波の被害にあっています。被災者の生活再建、自立のためにも自動車が必要です。自動車の再取得に関する支援を求めました。東祥三内閣府副大臣からは、取得税、自動車税の免税措置などを検討中であるとの回答がありました。
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4月11日 今日で、東日本大震災より1ヶ月が経ちます。改めて、震災で犠牲になられた皆様のご冥福をお祈り致します。また、17時16分にも福島県を中心とした強い地震が発生し、茨城県と福島県で、お二人の方が亡くなれました。皆さんにおきましても、引き続き、余震に気をつけて生活をおくることをお願いいたします。
本日、被災地への救援物資の支援活動を行っているPCGA(http://blog.canpan.info/pcga/profile)の皆さん(写真参照)が、七ヶ浜町菖蒲田浜の拠点に、米、野菜、調味料などの支援物資を届けて下さいました。これまでも、PCGAの岩崎リーダーを中心に、石巻市北上町橋浦小学校、同渡波と相川地区の避難所などに、それぞれ物資の運搬を行って頂きました。震災以降、避難所や被災者の皆さんのニーズは、刻々と変わりました。震災当初は、おにぎり、カップ麺といった食料や水が、1週間目以降になると、下着や衣類などが求められました。また、最近では、特に復旧が進んできた被災地においては、長靴やゴム手、掃除道具など、津波により泥を被った自宅などの掃除に必要なものが求められる傾向があります。このように時々刻々と変わり、また被害状況の違いによる被災者の皆さんの『まさに、今のニーズ』に、1)直接的な避難所とのやりとり、2)迅速な要望を受けた物資の収集と運搬を心がけて、PCGAの皆さんは答えてきました。私も実感していますが、避難所や被災者の皆さんのもとには、『あるものは、あるが、ないものは、ない』の状態です。『ある』物を大量に、善意としても持ち込んでも、お互いに不幸です。『ない』物を知るには、きめ細やかに現場に赴き情報を頂くしかありません。皆さんの温かい気持ちを、それを必要とする所にお届けするためにも、被災者の皆さんの正確な情報を収集することも、私たちの重要な役割であると考えています。
午後からは、斉藤やすのり衆議院議員と一緒に、津波被害が激しかった仙台市蒲生地区で、人命救助、行方不明者の捜索に尽力を頂いている宮城野消防署(蛇足ながら、私の愚弟も勤務している)に伺いました。未だに、行方不明者の方が、1日に1人くらいの割合で発見されるとのことです。署長さんが語るには、「不眠不休業務と、多くのご遺体を扱うという慣れないことに、職員の心的疲労が心配だ」と、お話しくださいました。このことは、現場で同様にお働き下さっている自衛隊、警察官、消防団の皆さん方にも共通する問題です。国としても、現場の皆さんの「心のケア」も含めたフォローを、もっとしっかりと考えていかねばなりません。
4月9日 現在、政府は、震災の復旧・復興へ向けて予備費と1次補正予算の検討を行っています。党内にも、「震災対応補正予算検討チーム」が作られ、私も被災地の議員として幹事の役割でメンバーとなっています。
予備費+1次補正予算では、「瓦礫の撤去費用」や「仮設住宅」の建設にあてる方針は確定していますが、その他の詳細な部分は検討中です。震災後、被災した皆さんの意見を聞かせて頂き、以下の提言書を検討チームに提出しております。被災地の皆さんが、復旧・復興に向けて、「将来が見える、希望が見いだせる」補正予算にしなくてはなりません。
<検討チームに提出した補正予算に対する要望書>
平成23年4月6日
震災復旧対策への予備費使用、一次補正予算編成に対する要望
衆議院議員 石山 敬貴
1. 当面の仕事を被災者に与えるための雇用に関する負担l 瓦礫の撤去、運搬、選別などに関わる作業
l 仮設住宅の設置に関することに関わる作業
l 地方自治体をサポートする作業
l 看護、介護に関わる仕事
l 保育、教育に関わる仕事
l 電気設備、上下水道などのライフラインの復旧に関わる作業
l 消防団、指導隊等の被災地の治安を維持するための作業
2. 医師、看護士、及び介護士または、避難民の健康を維持するために必要とされる作業に関わる人員の確保、及び、賃金に関しての負担
3. 透析等の重病を患う被災者の他病院への移動に伴う費用
4. 病院施設の復旧に関わる費用
5. 保育園、幼稚園、小中学校、及び教育機関の早急な復旧及び、被災した児童、生徒の学業に関わる負担
仮校舎建設に関わる費用
校舎の応急処置や補修に関わる費用
被災した児童、生徒の給食費、学級費など学校費用
被災により失った児童、生徒の教科書、文房具、制服・運動着などの教材への支援
6. 避難所の被災者の衛生、及び健康を維持するために必要な機器の設置と維持に関する費用負担
l 洗濯機、乾燥機、掃除機
l 上記の機器を運転するための発電機や燃料も含む
l 屎尿処理に関わる負担
l 入浴施設などの設置
7. 被災者が失った運転免許証、健康保険などの各種証明書を早急に対処するためのシステム構築と、人員確保、雇用に関する負担
8. 被災者の他地域への移動によって生じる受け入れ自治体の費用負担
受け入れ自治体による被災者へ提供される食料、生活物資等へ費用
受け入れ自治体が提供する仮設住宅の設置、維持に関する費用負担
9. 震災に伴って自動車を失った被災者(離島では、移動手段、沿岸漁業として使用する船外機等)、及び自治体への自動車購入に関わる負担
l 税金の免除
l 代替支援など
10. 早急に被災地の商工業港、及び漁港、主要幹線道路などの復旧、復興に関わる負担
11. 被災した事業者に対する長期無利子無担保融資制度
12. 迅速に被災調査を行うための費用負担
13. 早急に地盤沈下などの国土調査を行うための費用負担
以上
4月8日 4月7日23時32分に、強い余震が発生しました(M7.1 最大震度6強)。自宅(加美町)で、ちょうど寝入りばなの時で、布団から跳ね起き、玄関を開け避難路を確保しました。直ちに、停電となってしまいましたので、外の状況確認のために車で出発。大きな被害は確認できなかったものの、信号はストップしていました。
明けて8日になり、事務所のスタッフが手分けして各地の被害状況を確認していくと、東日本震災で痛んだ家屋のさらなる倒壊、道路の亀裂や凸凹など、被害がさらに広がっている様相です。少しづつではありますが復旧に向けて動き出したこの時に、大きな余震の発生が残念でなりません。避難所で生活している皆さんをはじめ、多くの方々が、早く安心して生活ができる時の訪れを祈らざるをえません。
【3月29日】 昨日の国会質問を終えて宮城に戻り、15日以来2度目となる石巻と女川方面の視察をさせて頂きました。女川町は人口の約3割にあたる1200名以上の町民の方々が避難所に避難されています。そして今もライフライン(電気・ガス・水道)が不通となっており、電力復旧のために作業されている作業員の皆さんも不休の強行軍で1日も早い復旧に尽力されています。
http://www.city.tagajo.miyagi.jp/iza/bousai/iz-bo-zyouhou.html
(多賀城市では個人からの小口での受入は現在停止しています)
作業用ゴム手袋(全部ゴムで覆われているもの)
長靴
掃除用具(ほうき、ちりとり)
コピー用紙(A4、A3)
雨ガッパ(作業用)
医薬品(特にこども用・1回使い切り目薬)
つめ切り、乳児用つめ切り
すぐに食べられるもの(パン、おにぎりなど、主食になり賞味期限の長いもので、お湯、電気を使わずに食べられるもの)
わりばし
使い捨てお椀
紙コップ
泥落とし用玄関マット(ヘドロを室内に持ち込まない為)
未使用の衣類(特に下着、肌着、靴下)
米袋(災害ゴミ片付け用)
土嚢(どのう)袋
マスク(子ども用)
ポリバケツ(40〜60リットル)
全国の皆様のご理解とご協力をお願いいたします。
12月5日に大崎地区JA青年部と婦人部との合同研修会にお招きを頂き、戸別所得補償制度の本格実施・TTP問題などについて意見交換をいたしました。
当日は100名以上の参加者の皆様にスライドを交えてTPP問題の論点の解説を行い、「メリットとデメリットを正しく評価した上で、農業(第一次産業)を市場経済でのみ論じるのではなく、環境保全・食糧政策の面での重要性も考慮して検討しなければならない。今の農業の現状は、農業が今までの長い間政治に利用され続け、守られてこなかった結果であることを踏まえて、持続可能な農業を回復しなければならない」との考えを皆様にお話させて頂きました。
会場からは「現状の農政は10年後の農業の姿が見えてこない。消費者にも見える農政を行ってほしい」などのご意見を頂きました。
私も農業の担い手の一人として、国政で皆様の声を多く反映させるために、これからも多くの場所で皆様からのお声を伺わせて頂きたいと思います。
11月27日に宮城2区の斎藤やすのり衆議院議員と仙台塩釜港(仙台港区)を視察いたしました。 仙台塩釜港は現在、船舶物流の効率化による宮城の各種産業の発展のために各種の港湾整備が急がれている状況と説明を頂き、順調に整備事業が行うための要望書を頂きました。 宮城県が日本の産業・物流の一大拠点となるためにも仙台塩釜港の役割は大きなものがあり、これからも関係者の皆様との情報交換を進めてまいります。
2010年3月29日(月)
農水省より、5年ごとに「食料・農業・農村基本計画」という計画書が発表されています。この計画書は、名称の通り、今後5年間の食料と農業と、そして農村に関わる施策の方針を決めて、計画的に政策を実行するためのロードマップになるものです。今回、党側の政策責任者(正しくは、農林水産議員政策会議 食料・農業・農村基本計画小委員会委員長)として、政府側に対して、提言を行ってきました。
過去に平成12年、平成17年にも基本計画は、策定されたのですが、実際は形式性が強く、政務三役も、議員も、殆ど目を通していなかったのが実態のようです。今回は、形式的なものではいけないと考え、農林水産委員会に所属するメンバーを中心に、政府側から提出された基本計画の素案を、各章立て別に分担を行い、各人のかなりの読み込み、そして、修正を行いました。食料の大切さと、それを生産する農業の重要性を、国民の皆さんに強く訴えるメッセージを随所に盛り込むことができました。
例えば、「食料・農業・農村政策を日本の国家戦略の一つとして位置づけ」、「農業・農村を国家の基盤として将来の世代に確実に継承していかなければならない。」、「国民全体で農業・農村を支える社会」と言うように、「国」として、食料・農業・農村問題を解決する意志を明確に示しています。また、「これまでの農政の反省に立ち」というように、自給率の低下、農村の疲弊を招いたことを真摯に反省を行ったことも、これまでと違う大きな点ではないでしょうか。
これまでの基本計画では、官僚が書いた文章を、議員は、機械的に承認するといった形式だったそうです。今回は、私たちの手で「筆」を取りました。小さなことかもしれませんが、これもまた、政治主導の方式と考えています。
2010年3月28日(日)
多賀城市の高崎地区と桜木地区でミニ集会を開催させて頂きました。高崎には40名の方が、桜木では、15名の方々がご参加下さいました。引き続き、このような意見交換会を開催していきますので宜しくお願いします。
利府のしらかし台から富谷の東北道までの約6km区間が開通しました。これからは、東北道から仙台港、空港、さらには東部道路を経由し、常磐道へのアクセスも非常に便利になります。大衡村にセントラル自動車が来ますが、特に宮城県県北地区の経済発展にもたらす効果は絶大と考えています。
皆さん、安全運転をお願いします。
小牛田の宮城県家畜市場に行ってきました。最近、牛肉の消費減に伴い、肥育牛も以前ほどの値段で売れず、従って、子牛の価格も低迷したままです。最悪期は、脱したと言われていますが、2年前に比べて、平均では、15万円ほども安いのではないでしょうか。酪農も、乳価の低迷、消費減もあり、大変な状況です。農林水産委員会に所属しているものとしては、酪農・畜産に関してもしっかりと取り組んでいきます。
山田正彦農林水産副大臣をお招きして、「食と農の再生会議みやぎ」の発足式を行いました。この会は、これまでは、生産者と消費者を繋ぎ、意見交換と相互理解を通し、農業や食料環境を良くしていこうという考えのもとで結成を行いました。私自身、発足までの世話人代表をさせて頂きましたが、「会は、政治的に中立性を」との考えのもとで運営して方針です。会長に、加美町の農業者である渋谷耕造さんにご就任頂きました。国内の食糧自給率向上のためにも、安全・安心な食材の供給のためにも、さらには、宮城県の経済の発展にも、今後、この会が果たす役割は大きいと考えています。
農林水産委員会で質問をさせて頂きました。
大きなテーマは二つ。「津波の被害状況と激甚災害適用要望」と「食料・農業・農村基本計画」に関する質問を行いました。「津波」関しては、3日、5日の気仙沼、石巻、塩竃、七ヶ浜、利府などの現地視察を踏まえて、高齢化が進んでいる漁業現場を守るためにも、国の支援が必要な旨を伝えさせて頂きました。
「食料・農業・農村基本計画」については、、党の議員政策会議で、私が、この基本計画分科会の座長を務めています。この基本計画を農家の皆さんに、将来に希望を持って農業に従事することができるように作ること、さらに、国民の皆さんに食べ物の重要性をより認知して頂けるような内容にすることを強く訴えさせて頂きました。いずれの質問に対しても、赤松大臣、山田副大臣、佐々木政務官が、懇切にお答えして頂きました。
詳しくは、以下をご覧下さい。
http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=TD
東京にいるときは、青山にある宿舎で暮らしています。青山の宿舎は、取り壊される予定で、3年ほど放置されていたのですが、宿舎希望者が多く再利用されることになりました。
古いのに加え、青山霊園前なので、「ダニ」がいるだの、「お化け」が出るだの、様々な流言が飛びましたが、今のところ、問題ありません。普段は、滅多に他の人にあいません。「誰も住んでいないのでは、、?」と思っていましたが、今日、青山に住む人たちで、飲み会をしたら、30人以上も住んでいることが分かりました。ちなみに、会に官房長官も、飛び入り参加してくださいました。
本日は、塩竃で、国政報告及び新春の集いを開催させて頂きました。普段よりお世話になっている塩竃を初めとする二市三町 の皆さん、自治体の皆さんにご参集頂きました。
国政報告会では、2月28日に発生した津波の被害状況を報告させて頂きました。今後も、宜しくお願いします。
2月28日に発生した津波の被害状況を視察するために、石巻、気仙沼に行って来ました。郡和子衆議院議員、内海太、坂下賢両県会議員と一緒に、県の漁業の船に乗せて頂き、気仙沼の湾内から大島に掛けての、養殖施設の被害を見させて頂きました。
養殖に使う、筏、浮子、ロープなどが、津波のため、もみくちゃにされており、復旧に向けて、皆さん、働いておられました。養殖業を営む方々も高齢化が進んでいます。再建に向けた手助けができればと思っています。
2010年2月28日(日)
日本時間で昨日の午後に発生したチリ地震の津波が日本の沿岸部を襲っています。宮城県においても、気仙沼の浸水の様子が伝えられています。七ヶ浜町では、1,000人を超える皆さんが避難所へ。幸いなことに大きな被害の報告は未だありませんが、津波警報が発令中ですので、十分、気を付けなくてはなりません。私たちも、そく対応ができる体制を取らせて頂いております。
2010年2月26日(金)
今日は、政策秘書の中澤清志の55歳の誕生日です。本人は、『40代の頃より動けなくて、、。』と言っておりますが、容赦なく働いて頂きます(世のため、人のために)。
これからも宜しくお願いします。
2010年2月19日 (金)
昨日は、大郷町大松沢の佐々木さん宅で、本日は、大崎市三本木 門梨集会所、さらに同市鹿島台鎌先の遠藤さん宅で新しい農政である戸別所得補償制度について、農家の皆さんに集まって頂き、ご説明をさせて頂きました。現場、現場で、農業への取り組み方、作付けが違うために、改めて、細かな説明の必要性を痛感しました。明日は、松島と、大崎市江合で、同様のミニ集会を開催させて頂きます。皆さんと、『あーでもない、こうでもない』との論議の中から、現場に合った政策ができると思っています。 ご参加頂いた皆さん、ありがとうございました。
2010年2月19日(金)
本日、鳩山総理のお招きにより、首相官邸でカレーを頂きました。ごちそうさまです。官邸のカレーは、美味しいとは聞いていたのですが、ふらりとご飯だけを食べに行ける場所でもないので、もちろんこれまでは食べることはできませんでした。確かに美味しかったです。総理は元気でした。。
2010年2月15日 (月)
13日(土)、大崎市におきまして、「新春の集い」を開催しました。普段より応援頂いている皆さんの前で、改めて「生活者の視線にたった政治」を行っていくことをお約束させて頂きました。また、事務所スタッフ一同を、皆さんに紹介することができて良かったと思っています。おいでくだされた皆さんに感謝いたします。ありがとうございました。
2010年2月13日(土)
日頃からお世話になっている税理士の先生方による確定申告の無料相談が、仙台のアエル6Fで開催されていましたので、表敬訪問をさせて頂きました。確定申告は、私などにとっても複雑怪奇。小雪が舞い散る寒い日でしたが、多くの皆さんが相談に訪れていました。明日(14日)も開催とのこと、ご興味ある方は是非訪れてご相談されては如何でしょうか?税理士の先生方は、大変、親切です。
2010年2月11日(木)
県会議員の皆さんの会派「改革みやぎ」の主催で「政策キャラバン」を大崎市古川で行いました。会場には、各自治体の方々に加え、市町村議員、さらに市民の皆さん約100名が参加してくださいました。
私からは、平成22年度予算を、県会議員の遊佐みゆきさんからは、宮城県の予算概要の説明をさせて頂きました(国の平成22年度予算概要は、別途、『政策清談』のコーナーで記します)。会場の皆さんから、質問・意見を沢山頂きました。また、県議会の皆さんが一緒でしたので、国と県のことに関して同時に質問に対して答えることができ、厚みのある会議となりました。今後も同様の会を、どしどしやって行こうと思っています。
2010年2月10日(水)
昨日(9日)、今日と、同級生の菊池潤一くん、加美町の長沼太一さん、伊藤丈夫さん、吉岡博道さん、今野重幸さん、色麻町の佐々木壽良さん、大泉貞行さんが事務所を訪れてくださいました。菊池君は、JA加美よつば勤務。有機農業部会のお世話役をしています。菊池君、長沼さん、伊藤さんは農水省に有機農業の公聴会に出席。その間、吉岡さん、今野さん、佐々木さん、大泉さんには、予算委員会の傍聴をして頂きました。日頃より、応援して頂いている皆さんに、来所して頂くのは、とても嬉しいことです。
また、昨日(9日)の午前中には、大崎市松山 積雲寺ご住職 宮本享一さんにもお寄り頂きました。
ありがとうございました!
2010年2月9日(火)
宜しくお願いします。
国会会期中は、平日は東京、週末は地元の生活です。
写真は、東京事務所の様子です。
東京事務所には、政策秘書の中澤清志と私設秘書の阿部敏子(さとこ)がおります。
みなさん、上京の折には、お気軽にお立ち寄りください。 けいき